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‘民主化の象徴’永登浦(ヨンドンポ)刑務所 65年ぶり歴史の中へ…

登録:2014-04-02 15:47 修正:2014-04-03 13:09
‘パク・ジョンチョルの真実’を世の中に知らせ、多くの民主人士たちが通過した所
明日、市民開放後にアパート団地へ…小さな標石でも残さなければ
ソウル九老区(クログ)高尺洞(コチョクトン)の旧永登浦(ヨンドンポ)刑務所(現 南部刑務所)が4月中旬に撤去される。 1日、空っぽの永登浦刑務所収容棟の廊下鉄格子の上に‘暖かい話を聞いたら暖かい情を与えたいね’という‘教化文面’が懸かっている。 ソウル九老区庁提供

 子供たちの笑い声が塀の外側から聞こえてきた。色褪せた白色ペイントが所々はげた刑務所の塀の内側には春なので芽生えた雑草が生い茂っていた。

 1日午後に訪ねたソウル九老区(クログ)高尺洞(コチョクトン)の旧永登浦(ヨンドンポ)刑務所(現 ソウル南部刑務所)はガランと空いていた。 2011年10月、ここの収監者は九老区天旺洞(チョヌァンドン)に新しく建てられた刑務所へ移監された。 四棟(収監棟)の入口を眺めるように立っている監視塔と、高くて厚い塀を囲んだ二重の鉄条網だけが刑罰のようにその場を守って立っていた。 1年6ヶ月余り空き家になっていた永登浦刑務所は3日の一日だけ市民に公開された後、65年の歴史の幕を閉じ撤去工事に入る。 刑務所の敷地はアパート2300余世帯と商業施設などを備えた複合団地として韓国土地住宅公社(LH)が再開発する予定だ。

 塀の内側に入ると刑務所は平穏な外見とは全く違った素顔を現わした。 四棟の鉄製出入り口を通り、建物内に入れば3番目の鉄門が殺風景な姿を見せる。 収監者はここを通過しても収容室の鉄門に再び閉じ込められた。

 悪名高かった独房は3.3㎡にも満たないほどに狭苦しかった。 独房の隈に60㎝ほどの木の仕切りが、うずくまって用便を足す収監者を隠したのだろう。 収監者がいなくなった他の監房には、空の棚と洗濯紐がぽつんと残されていた。 日曜日の朝食にはキムチモヤシスープとイワシの炒めもの、白菜キムチが出てくるという2011年10月最後の献立表が黄金色に変色したまま貼られていた。

 ここである者は‘民主主義’を叫び、軍事政権の拷問を暴露した。 緊急措置1号違反事件の初の被告人だったペク・キワン統一問題研究所長をはじめ、キム・ジハ詩人と民青学連事件関連者がここを通過した。 パク・ジョンチョル拷問致死の真実もここの厚い壁を突き抜けて世の中の外に伝えられ、1987年6月抗争の導火線となった。 思想犯が継続的に増えて、永登浦刑務所は民主化運動の象徴的場所になった。

 永登浦刑務所収監中にパク・ジョンチョル拷問致死事件の真相を伝え聞き、天主教正義具現司祭団に知らせたイ・ブヨン新政治民主連合常任顧問の感慨は格別だ。 イ顧問は 「当時モナミ ボールペンの芯で再生用紙のトイレットペーパーに‘民主刑務官’らが聞かせてくれた事件の真実を書いた記憶が今も鮮明だが、本当に撤去されるという消息を聞けば感慨が一入だ。 永登浦刑務所は正義と真実は隠せないということを示した場所」と話した。

 思想犯だけでなく、いわゆる‘雑犯’たちも世間の注目を集めた。 チ・カンホン氏は1988年に永登浦刑務所から公州刑務所に移送される間に脱走し 「有銭無罪 無銭有罪」を叫んだ。 故キム・グンテ前議員に電気拷問をした拷問技術者イ・クンアンはキム前議員が収監された永登浦刑務所に自身も閉じ込められる身分になった。 暴力組織を扱った映画<チング2>(2013)ではここの炊事場が撮影舞台として使われた。

 永登浦刑務所は1949年‘富川(プチョン)刑務所’として開所した後‘富川刑務所’ ‘永登浦刑務所’‘ソウル南部刑務所’へと名前が変わった。 周辺にアパート団地ができると刑務所を移転してほしいという嘆願が絶えなかった。 周辺のアパート団地の外壁には刑務所が見える側窓に目隠しを設置したが、それを外してできた跡が今もくっきりと残っている。

 撤去される永登浦刑務所の跡地に小さくとも標石を立てて、民主化運動の記憶を残さなければならないという意見もある。 キム・ハンミン、イ・ハニョル記念事業会理事長は「あえて建物の一部を残しはしなくとも、維新と独裁を経る間に民主化のために人生を捧げた人々を記憶することができるように小さな標示を用意するならば意味があるだろう」と話した。 キム理事長は1974年民青学連事件で15年の刑を宣告され、永登浦拘置所に収監された。 彼は「当時収監されていたペク・キワン先生、キム・ジハ詩人と共に差し入れを食べ、時局と本について討論した。 塀の向こう側の小学校から聞こえた子供たちの笑い声が今も耳に残っている」と話した。

 3日午後1時から6時まで開かれる刑務所開放行事では、塀撤去パフォーマンスと監獄体験などが行われる。 イ・ソン九老区庁長は「65年に及ぶ永登浦刑務所が歴史の中に消える最後の現場を記念するために行事を用意した」と説明した。

パク・スンホン記者 abcd@hani.co.kr

https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/630889.html 韓国語原文入力:2014/04/02 13:30
訳J.S(2205字)