4月1日、米国ホワイトハウスで開かれたイースター昼食会で、ドナルド・トランプ大統領の霊的アドバイザーとして知られるポーラ・ホワイト牧師が、彼をイエスにたとえて称賛した。一方、トランプは最近、ソーシャルメディアに「狂った野郎ども、くそったれのホルムズ海峡をすぐに開放しろ」と投稿した。いったいなぜ、われわれは、世界最強国の大統領が極度に低俗な言葉を吐き、そのような指導者が神と同一視される世界に住むことになったのだろうか。われわれはその答えを、個人の精神状態ではなく、現代ポピュリズムの構造のなかから探さなければならない。
こんにち、世界各地で広がるポピュリズムの波は、自由民主主義の約束が果たされなかった結果だ。一般の人たちが、自分たちは社会で重要ではない「取り残された人たち」だと感じるようになり、その結果、政治エリートと大都市の文化的エリートに対する恨みが形成されたのだ。要するに、ポピュリズムは経済的問題に起因したものというよりは、ヘーゲル的な意味での承認をめぐる闘争だ。
彼らはこの20年間、政治の主体となり、ウォール街占領デモ、イタリアの五つ星運動、スペインのインディグナドス運動、急進的環境運動、MeToo運動、黄色いベスト運動、極右政治にいたるまで、左右を問わず、政治的・社会的運動の行為者として登場した。重要なのは、彼らが前面に掲げるものが、物質的な要求ではなく、「価値」「偉大さ」「尊厳」だということだ。いまや、政治現象を経済だけで説明する観点は有効ではなくなったようだ。エルンスト・ブロッホの洞察どおり、人間はパンのみで生きる存在ではなく、パンがないときには、なおさらそうだ。重要なのは挫折した欲望ではなく、傷ついた自尊心だ。
米国・イスラエルとイランの戦争も、このような観点でみる必要がある。イランの政治エリートは、イランが貧困と爆撃に直面している状況下でも、現在の対立が石油問題ではなく、イランの尊厳、すなわち、屈辱的な平和は受け入れないという意思の問題であることを明確にしている。何者でもない人たちであるほど、自分たちの闘争が単なる物質的な必要を超えたものであることを明確に示そうとする。
反対側も同じだ。敗北が明らかになった状況下でも、ナチスが最後まで持ちこたえたのは、重工業の利益のためではなく、歪曲された意味での「倫理的な」執着のためだったように、トランプがイランを石器時代に戻すと脅している状況もそうだ。彼は単に軍産複合体の利益のためではなく、本当に一つの文明を消し去るという明確な目標を持って行動している。
「今夜、一つの文明全体が消滅するだろう」というトランプの発言は、「文明の衝突」とはかけ離れている。ここでイランは被害者として文明を代表する位置に置かれ、米国とイスラエルは文明を破壊しようとする非文明として登場する。特に、イランの核兵器保有を戦争犯罪だとみなすことは、核保有国である米国が、少なくとも現時点では核を保有していないイランを攻撃するという点で矛盾している。
われわれが犯してはならない失敗は、トランプが、単に長期的な戦略の一環として狂気じみた表現を誇張して用いていると考えることだ。世界で最も強力な国家の指導者が、一つの文明を抹殺すると言ったという事実だけでも、それはすでに文明の終末を意味する。われわれがトランプの発言の意図を確信できないというまさにその事実自体が、終末の兆候だ。われわれは、虚偽と真実、言葉と事実の境界が崩壊した領域、事実と論証がもはや機能せず、神話と叙事によって支配される前近代的な魔法の世界に足を踏み入れている。
トランプの文明抹殺の脅迫は、われわれの世界が今、どの方向に進んでいるのかを示す警告のシグナルだ。彼の脅しを経済的な利害関係の枠組みだけで説明するのは望ましくない。同様に、ロシア・ウクライナ戦争で西側がウクライナを支援する理由が、単に軍需産業の利益を保証するためだという一部の左派の主張も荒唐無稽だ。こんにちの対立を貫く根本的な論理は、何よりも尊厳、屈辱、そして承認だ。
スラヴォイ・ジジェク|リュブリャナ大学(スロベニア)、慶煕大学ES教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )