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[寄稿]「おばさん」「こっち」「社長」…韓国の飲食店従業員の呼称、40年の歴史

登録:2024-05-25 06:48 修正:2024-05-25 09:11
ロバート・ファウザー|言語学者 
ソウルのある飲食店で従業員が皿を運んでいる/聯合ニュース

 先日、韓国のある飲食店で昼食をとったときのことだった。料理を待つ間、客が従業員を呼ぶ声が聞こえた。「サジャンニム」(社長)、「ヨギヨ」(こっち)、「イモ」(母方のおば)など様々だった。従業員を呼ぶ必要はなかったが、もし呼ぶとすれば、どのように呼ぶべきか少し考えた。

 1983年に初めて韓国語を勉強したとき、従業員を「ヨボセヨ」(もしもし)と呼ぶと習った。電話をかけるときと同じということが不思議だった。教室の外では「ヨボセヨ」でなく「アジュンマ」(おばさん)をよく使うことをすぐに知った。その後は、一般的な韓国人のように、女性には「アジュンマ」、男性には「アジョシ」(おじさん)を主に使った。女性の間では、従業員を呼ぶ際に「オンニ」(お姉さん。女性が年上の女性を呼ぶ場合に用いる)という呼称がよく使われるが、男性の間では「ヒョン」(お兄さん。男性が年上の男性を呼ぶ場合に用いる)という言葉を使うケースはほとんどみられなかった。

 2000年代に入ると、「アジュンマ」という言葉はなんとなく使いにくくなった。「アジョシ」はそれよりは長く用いられたが、頻度は減った。主流は「ヨギヨ」(こっち)だった。私にとって「こっち」は、なんだか高圧的な語感を帯びている気がして、気楽には使いにくかった。私だけではなかったようで、少しやわらかい語感のように感じられる「ヨギ チュムニヨ」(こっち、注文します)という言葉がよく聞こえた。しかし、上からの語感が完全に消えたわけではなかった。

 現在、最も多く聞こえる呼称は「サジャンニム」(社長)だ。小さな飲食店では「社長」が1人で注文を受けて会計もするので、間違いではない。しかし、ある程度の大きさの飲食店の従業員は、あきらかに社長とは別の仕事をする。それでも客は、従業員を社長と呼ぶ。実際の社長ではないことを客は知っており、従業員も知っている。

 2000年代以降、韓国はIMF経済危機から抜け出し始めた。所得と消費が増え続け、サービス業の発展につながった。2010年代からはSNSを通じた情報の流れが速まり、サービスの評価もリアルタイムで伝わるようになった。個人の間でも一定の距離を保とうとする「都市文化」が日常化し、言語も同様に、そのような変化を反映するようになった。それとともに、従業員と客の間に存在する、いわゆる「見えない一線」を越える呼称は「野暮ったい」とみられ始め、「社長」のように一定の距離を保てる呼称のほうが使いやすいと感じる人が増えた。

 変化は呼称だけではない。20世紀末までをみても、サービスの現場で年長者に対しても敬語を使わずくだけた言葉遣いをすることがかなり多かった。無礼な態度ではなく、親しみを込めた表現として受け入れられていた。しかし、人々の間に距離が生じ始め、21世紀に入ったころから、くだけた言葉遣いはほとんどしなくなり、代わりに「~ヨ」(~です)で終わる丁寧体と普通体を混ぜて使うことが増えた。知り合い同士が一定の距離を保ちながらも、一方である程度の親しみを表現しようとする意思を反映している。常連が店で従業員を「母方のおば」である「イモ」と呼ぶのも、同じ意味合いだとみることができる。

 韓国語のネイティブスピーカーではない私の立場としては、飲食店で従業員を呼ぶたびに適当な言葉を見つけるのがやや難しい。「社長」は過度な敬語のような気がするし、「イモ」を使う勇気はない。「アジュンマ」や「アジョシ」は、なんとなく聞く人の気分を悪くしそうだし、「ヨギヨ」は高圧的な語感を帯びているように感じられる。最近は目を合わせてそっと笑った後、「アンニョンハセヨ」(こんにちは)とあいさつを最初にして、その後に必要なことを話す。話す私も聞く従業員たちも不自然だが、たいていは喜んで受け入れてもらえる。

 興味深いことに、従業員が客を呼ぶ言葉も変わった。20世紀末だと、若い男性には「ハクセン」(学生)または「チョンガク」(未婚の男性)と呼んだ。今ではこのような呼称はほぼ消えた。個人自営業者が経営する飲食店では、“客”を「ソンニム」(お客さま)と呼び、大企業のチェーン店では“顧客”を「コゲク」(顧客)と呼ぶ。私にはなんだか少しよそよそしいがする。

 飲食店で全員が気楽に使える呼称とは何だろうか。もしかしたら、韓国の従業員と客のいずれも、互いに尊重しながらも気楽に使える呼称を探しているのかもしれない。この時代が過ぎて、気楽に使える呼称を交わす日が来るとしたら、そのとき数多くの飲食店では互いに何と呼びあうだろうか。

//ハンギョレ新聞社

ロバート・ファウザー|言語学者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1141698.html韓国語原文入力:2024-05-24 11:19
訳M.S

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