「旧官こそ名官」という言葉があるが、李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)元大統領を懐かしむことになるとは思わなかった。尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は帝王的大統領として最適化された人物のようだ。何事もはばからず勇敢無双だ。
与党「国民の力」の議員の研鑽(けんさん)会でマイクを握った尹錫悦大統領の顔は、自信に満ち明るく輝いていた。
「みなさん、こうして久しぶりにそろってお会いできて本当に私はうれしい」と述べたのだ。恐ろしかった。
「国政運営権を取っていなかったらこの国はどうなっていたかと思うとめまいがする」と述べた。尹錫悦大統領の残りの任期を考えると、めまいがする。
「(文在寅政権では)それこそ国が崩壊する一歩手前だった」と述べた。今、国が滅びる一歩手前ではないかと心配だ。恐ろしい。
言葉じりをとらえようとしているのではない。尹錫悦大統領は本当に恐ろしい人物だ。理由は2つある。
1つ目は理念だ。「我が党は理念より実用だと言われるが、基本的に明確な哲学と方向性のない実用はない」と述べている。実用保守の終えん、理念保守の復活宣言だ。
尹錫悦大統領の理念とはどのようなものか。自由民主主義で覆った反共主義だ。自由民主主義は野党に反国家勢力というレッテルを貼って抹殺しようとしたりはしない。共産党への加入を理由に独立運動家の胸像を片づけることもない。
洪範図(ホン・ボムド)将軍の胸像移転に対しては、保守新聞も社説やコラムで反対意見を表明している。大邱市(テグシ)のホン・ジュンピョ市長、キム・ビョンミン最高委員、忠清南道のキム・テフム知事も反対している。にもかかわらず推し進めている。
尹錫悦検事は本来、理念型人間ではなかった。理念型人間に変貌したのは大統領就任後だ。だからこそ恐ろしい。
2つ目は敵対だ。「少数与党国会であるうえにメディアもすべて野党支持勢力が握っているため、24時間政府の悪口ばかり言っている」と述べている。「1+1を100だと主張する人たちと戦うしかない」と述べている。
大統領と政府をけん制し批判するのが基本責務である国会と報道機関、福島第一原発の汚染水の放出を懸念し反対する人々に対する憎悪と敵意をむき出しにしている。
大統領は権力者だ。権力者が野党とメディアと国民をたたこうとすれば、世の中はどうなるだろうか。恐ろしい。
李明博大統領もここまでではなかった。米国産牛肉の輸入問題でろうそく集会が連日行われると、李明博大統領は官邸の裏山に登って「朝露」の歌を聞いた。2008年6月10日の大規模集会を、コンテナを積み上げた「明博山城」を築いて阻止した。明博山城はコミュニケーション不在のイメージとして刻印されたが、人命被害を防ぐための苦肉の策でもあった。
李明博大統領は米国と追加交渉を行い、30カ月齢以上の牛の輸入を禁止した。リュ・ウイク大統領室長、イ・ジョンチャン民情首席ら大統領府の6人の参謀を辞任させた。
李明博大統領は目が小さくて臆病な人だった。怒れる民意とは戦わなかった。尹錫悦大統領は目が大きくて恐れを知らない。民意に立ち向かうことを恐れない。だから怖い。
朴槿恵大統領は雇用を増やし、福祉を拡大するために財政を投入した。租税抵抗を押し切って増税を推進した。大統領になる前には北朝鮮を訪問し、金正日(キム・ジョンイル)委員長と会談してもいる。朝鮮半島信頼プロセスはその延長線上にあるものだった。
周辺国との関係設定にも多くの苦悩を抱えていた。任期初期、APEC(アジア太平洋経済協力)の会議では日本の安倍晋三首相を冷たく無視した。安倍は気まずそうな表情をしていた。2015年には習近平主席、ロシアのプーチン大統領とともに天安門の望楼に登って軍事パレードを参観している。行ったり来たりはしたものの、少なくとも大韓民国の国益のために努力した。
尹錫悦大統領は異なる。日本との関係改善にとどまらず、完全に韓米日同盟を推進しようとしているようだ。朝鮮半島を韓米日と朝中ロの対決の場にしようとしている。戦争も辞さないように思える。恐ろしい。
いわゆる保守系の新聞も懸念を示すようになっている。「中国やロシアとの正常な関係を管理しなければならない」とか、「自由だけの尹錫悦大統領は危険だ」と主張する社説やコラムが登場している。
尹錫悦大統領の暴走をどう収拾すべきか。お先真っ暗だ。いわゆる保守は責任を取るべきだ。保守勢力は文在寅政権の検察総長を徴発して大統領にすえた。文在寅政権に最も過酷な方法で復讐することに成功した。
それで今、幸せなのか。大韓民国の未来、保守の未来は明るいものになったのか。口があるのなら答えてほしい。
ソン・ハニョン|政治部先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )