米国中心の同盟秩序瓦解の前奏曲だろうか。支持層の結集が主な目的の同盟叩きだろうか。
ドナルド・トランプ前大統領の一言が、大西洋と太平洋を渡り、米国の同盟国の神経を再び逆なでしている。トランプ前大統領は10日の遊説で「金を払っていないが、ロシアが攻撃したとしたら保護してくれるか」という北大西洋条約機構(NATO)加盟国の首脳の質問に「保護しない。実際、私はロシアが望むなら好きにしろと督励するだろう」と答えたという。かつてのNATO首脳会議で、実際にこのような問答が交わされたかどうか確認するのは難しい。金を払わないなら保護しないというトランプ前大統領の主張も目新しいものではない。しかし、「金を払わないNATO加盟国に対して、ロシアは好きにしろと督励するだろう」という言葉に、欧州は衝撃を受けた様子だ。
共和党の大統領候補への選出が有力視されるトランプ前大統領の今回の発言は、米国内的には同盟問題を選挙の争点に浮上させている。同盟国は、彼の言行が脅しと本心のどちらに重きが置かれているとみるべきかをめぐり、熾烈な顔色伺いに入った。
トランプ2期には大西洋同盟が崩れる?
同盟を敵国に売り渡すこともありうるというような言葉は、トランプ1期の頃とは違い、ロシアが隣国ウクライナを全面的に侵攻した現在の状況ではさらに緊張を呼ぶ発言にならざるを得ない。また、「加盟国に対する攻撃を全体に対するものとみなす」というNATO憲章第5条を守らないなら、NATOという集団安保体制は事実上意味をなさなくなる。
トランプ前大統領は2018年7月のNATO首脳会議の際、NATO脱退をちらつかせた。首脳会議直後に記者会見を開いた同氏は、欧州のNATO加盟国が防衛費支出を大幅に増やさなければ、自分は「非常に不満だ」と警告した。首脳会議でも要求が受け入れられなければ「米国は単独で行く」とし、脱退の可能性に言及したと報道された。
「NATO脱退説」を最も強く展開する人物は、2018~2019年に国家安保担当の大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏だ。ホワイトハウスを離れトランプ前大統領と仲違いしたボルトン氏は、その頃からトランプ前大統領がNATO脱退を推進するだろうと警告してきた。最近の「ポリティコ」のインタビューでも、2018年のNATO首脳会議を取り上げ「私はトランプがNATOからほぼ脱退しようとしていた時にそこにいた。彼は交渉しようとしたのではなかった」と語った。
CNNのジム・シュート記者が出版予定の本のためにインタビューした元高官たちの発言も、このような情況を裏付ける。ある元高官は、2018年のNATO首脳会議の時、トランプ前大統領が当時のマーク・エスパー国防長官とマーク・ミリー合同参謀議長に、実際にNATO脱退の準備を指示したと語った。この本には、ジョン・ケリー大統領秘書室長(当時)が、トランプ前大統領はNATOは無意味だと考えただけでなく、「韓国と日本に抑止力として軍隊を駐留させることに強く反対した」と述べたという内容も出ている。
トランプ前大統領のNATOなどの軍事同盟に対する否定的な態度は昔からのものだ。同氏は2000年に出版した本で「欧州から撤退すれば毎年数百万ドルを節約できる」と語った。政権1期目で米国をパリ気候協定、イラン核合意、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から相次いで脱退させた前歴からも、軍事同盟破棄を追求する可能性を排除できないという分析が出ている。ワシントン・ポストのコラムニスト、キャサリン・パーカー氏は最近のコラムに、NATOに貢献しない加盟国は保護しないというトランプ発言について、「彼の言葉を100%信じる」とし、トランプ前大統領はそれくらい危険な人物だと書いた。
支持層の結集、選挙用の脅しに比重?
今回の発言は行き過ぎだったという反応が殺到し、トランプ側からは釈明の発言も出ている。共和党のマコ・ルビオ上院議員は「トランプ氏は大統領職を経験した人なので全く心配はない」とし、発言を額面どおり受け取る必要はないと述べた。同党のリンジー・グラハム上院議員も「NATO加盟国が(国内総生産比)2%の防衛費支出義務を守ることを希望するのは正しいこと」だと語った。また、ニューヨーク・タイムズのインタビューで「要点は彼のやり方で費用を払わせようとすること」だと述べた。トランプ発言は、防衛費の支出を増やせと迫るためのものだという説明だ。
トランプ前大統領のNATOに対する「理解度」や態度をめぐっても主張が交錯する。ボルトン元補佐官はポリティコのインタビューで、「トランプは同盟構造とは何をするもので、どのように有益なのかをわかっていない」とし、「彼は4年間大統領を務めたが、オーバルオフィスに入った時から出るその日まで(同盟について)何も知らなかった」と話した。一方、後任者であるロバート・オブライエン前補佐官はニューヨーク・タイムズのインタビューで「ワシントンで、トランプがNATO脱退を推進するという議論があるにはあるが、私はそれが実際だとは思わない」と述べた。オブライエン前補佐官は「彼は同盟が米国に与える軍事的価値を理解しているが、ドイツのような国が自国の安全保障に関して正当な分を支払うのを拒否することに弄ばれていると感じている」と説明した。これもまた、トランプ発言は「脅し」に近いということだ。
今回の発言は、トランプ前大統領の「同盟観」を反映しているが、同時に選挙用の発言だという点も留意しなければならないという分析が出ている。トランプ前大統領は、韓国に防衛費分担金の行き過ぎた増額を要求したように、同盟国に過度な要求をして支持者の排他的性向に訴え、政治的な利を得てきた。2018年のNATO首脳会議直後の記者会見で、自分の圧迫によって他の加盟国にさらに330億ドルを出させることになったと根拠もなく主張し、「素晴らしい進展」を成し遂げたと自慢した。今回の大統領選の遊説でも、NATO加盟国が自分の圧力に反応したことで「数千億ドルが入ってきている」と、やはり根拠のない主張をしている。
緊張を高めて破局ムードを助長し、相手が後ずさりしたら素早く勝利を宣言し、その結果を誇張して大きな勝利だと主張するのが、トランプ前大統領の行動パターンの一つだ。チェコのマルティン・ドボルザーク欧州問題長官は、トランプ前大統領の今回の発言も「脅しのようだ」と述べた。
最も確実なのは、一貫した嘘
だが、トランプ前大統領の支持層の多数が軍事同盟を浪費とみている点などを考えると、トランプ2期にはNATOや韓国・日本との軍事同盟はいかなる形であれ弱まるという見方が強い。
このような中、トランプ前大統領の嘘が米国と同盟国の隙間をさらに広げている。トランプ前大統領は「すべての国が米国に借りがある」と主張し、NATO同盟国を「金を返さない」国だと描写している。しかし、NATO加盟国が米国やNATOに借りた金はない。単に、自ら防衛力を強化するために国内総生産(GDP)の2%まで防衛費を支出しようというガイドラインを守るかどうかが問題であるだけだ。昨年基準で31カ国のうち11カ国がこれを守り、NATOは今年は18カ国がこれを達成すると予想している。
トランプ前大統領はまた、自分が2017年に就任する前は、欧州のNATO加盟国の防衛費支出が毎年減っていたと主張してきた。しかし、これらの国はロシアがウクライナからクリミア半島を奪って合併した2014年以降、国内総生産比2%の防衛費支出という目標を定め、防衛費を増やしてきた。特に、ウクライナ戦争2年目の2023年には、米国を除くNATO加盟国の防衛費支出の増加率は8.3%と大きく増えたものと推算される。
NATO同盟の間では、選挙戦が続く中、トランプ前大統領の圧迫と扇動も続くとみている。ニューヨーク・タイムズは、「脆弱な同盟国はトランプが政権に復帰した場合、政権1期で使った方法を再び持ち出すしかないだろう」と指摘した。これは、追従と米国製兵器の購入拡大などで機嫌を取ることを指している。