中東は火薬庫と呼ばれるが、世界経済に及ぼす影響が大きすぎるためなかなか爆発しないだろうと筆者は思っていた。だが、大方の予想をあざ笑うかのように、ついに戦争は始まった。開戦当初、ホルムズ海峡が実際に封鎖されると考える人間は多くはなかった。しかし極限にまで追いつめられたイランは、逆転のカードとしてホルムズ海峡の実質的な封鎖を断行した。
原油価格は予想通り急騰した。世界の海上石油輸送量の約20%が止まったのだから、当然だった。国際エネルギー機関(IEA)はこの事態を「世界の石油市場の歴史上、最大規模の供給への支障」と表現した。その通りだ。1973年と1979年の石油危機(オイルショック)時の供給減少量は一日あたり500万バレルほどだったが、今回のホルムズ海峡封鎖による減少は一日あたり1000万バレルに達するのだから。加えて、終戦が実現したとしても湾岸地域の生産能力の迅速な回復は難しい。湾岸全域で60カ所以上の油田や精製施設が破壊または閉鎖されている。それらを再稼働または再建するには、思ったよりも多くの時間を要するだろう。
原油価格はインフレに直接的な影響を及ぼす。景気の停滞や減速の最も大きな要因だ。1973年、1979年、1990年のような過去の原油価格暴騰の例は、いずれもスタグフレーションという深刻な結果へとつながり、金融市場の崩壊を引き起こした。
今回は何かが違う。ブレント原油価格は1バレル当たり120ドル付近でピークを迎え、5月12日現在、105ドル前後で推移している。海峡封鎖が長期化した場合、JPモルガンは1バレル当たり150ドル、ブルームバーグ・エコノミクスは170ドルまで上昇しうると予測していた。外れた。経済もまだ特に異常は見られない。少なくとも主要国のマクロ経済は破裂していない。原油輸入量の約3分の1がホルムズ海峡を通る中国も健在だ。何よりも、世界金融市場はとどまることなく上昇している。ホルムズ海峡の閉鎖は、少なくとも金融市場やマクロ経済の厄災的な危機には発展していない。なぜか。
■誇張された供給量の減少
「ホルムズ海峡の閉鎖により、世界の石油供給量が約20%減少する」という表現は事実だ。現在、世界の一日当たりの原油消費量は約1億バレルほど。そのうち中東の主要産油国が生産し、ホルムズ海峡を通じて輸出してる原油と石油製品の量は、一日平均2000万~2100万バレルにのぼる。世界全体の一日当たりの原油需要の20%ほどが単一の海峡を通じて供給されているのだ。したがって、20%減少という表現は統計的に非常に妥当だ。
ただし、この恐ろしい表現には、実際に原油価格が致命的に高騰しない要因が考慮されていない。まず、主な中東産油国はホルムズ海峡を通じてのみ原油を輸出しているわけではない。サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)は、パイプラインを通じてホルムズ海峡を迂回(うかい)する代替輸送路を持っている。この輸送路を通じて一日あたり500万~600万バレルの原油が紅海とオマーン湾へ輸送されている。これは、通常ホルムズ海峡を通過する原油の総輸出量の24%から30%にのぼる。さらに3月末までは、イランは中国、インド、イラク、パキスタン船籍のタンカーにホルムズ海峡の通過権を与えていた。供給ショックが発生していることは明らかだが、それでも息継ぎする隙間はあるのだ。
戦略石油備蓄の放出も、原油価格上昇を抑制した主な要因の一つだ。IEAは史上最大規模となる4億バレルの原油放出を決定した。米国は一日あたり140万バレルを放出している。危機を根本的に解決することはできないが、時間は稼げる。短期的な原油価格の上昇(過度な変動)を抑制でき、石油産業の連鎖的なシャットダウンも防げる。しかし限界はある。ホルムズ海峡の封鎖によって支障が出る一日当たりの量を考慮すると、耐えられるのはせいぜい1カ月ほどにすぎない。
化石燃料の最大の消費国である中国が膨大な原油在庫を保有していることも、原油価格を支えている主な要因だ。米国エネルギー情報局によると、中国の商業用の石油在庫は2026年2月末時点で約10億バレルに達し、その他に3億6000万バレルの国家備蓄がある。これは数カ月分の輸入量に相当する。3月末までイランは、中国を対象とする船舶に対しては海峡を開放していたため、中国は今回の事態による衝撃の安全弁をある程度備えているとみるべきだ。
非中東地域の生産拡大も一役買っている。主に米州地域で生産が増加しており、諸機関は、2026年は非石油輸出国機構(Non-OPEC)の生産量が前年に比べて一日あたり130万~160万バレル増加すると予測している。米国、ブラジル、ガイアナ、アルゼンチンが主導するとみている。
最後に、最も重要なのは、米国のエネルギー市場における立場の変化だ。米国は2019年以降、エネルギーの純輸出国へと変貌している。原油生産量は一日当たり1300万バレルを超える。米国エネルギー情報局によると、2026年3月の液化天然ガス輸出量は一日平均約180億立方フィートにのぼった。供給ショックが発生しても、米国は今や潜在的な供給者であって、被害者ではない。米国が衝撃を受けていたなら、原油価格は想像もつかないほど高騰していたはずだ。
■需要減速の影響
石油を最も多く消費する分野は輸送部門だ。石油消費の約60%を占めている。陸上輸送が45%、海上および航空輸送が15%を使用している。しかし、ここ数年で電気自動車が普及し、石油需要を減らしている。気候エネルギー分野のシンクタンク「エンバー(Ember)」の報告書によると、2025年までの全世界への電気自動車の普及により、石油需要は一日当たり約170万バレル減少しているという。これはイランの一日当たりの石油輸出量240万バレルの約70%にのぼる。カタールの一日の生産量を上回る量でもある。
電力生産も今や風力と太陽光が主流となっている。2025年時点で、世界の電力生産の33.8%を再生可能エネルギーが占めている。石炭発電の33%を上回っているのだ。石油を利用した発電は2%ほどに過ぎない。
石油化学用の需要は相変わらずだが、石油消費量は2023年以降、一日当たり1億バレルをやや上回る水準で停滞している。経済協力開発機構(OECD)加盟国だけを見ると、2005年に一日5000万バレルでピークを迎え、その後、減少が続き、2026年の見通しは約4500万バレルとなっている。
新興国はどうか。中国は世界の石油消費の約15%を占めているが、近年は構造的な変化が感じられる。輸送部門の電動化が急速に進んでおり、ガソリン需要は減少する一方、石油化学用の需要は堅調だ。つまり、燃やす油から作る油へと体質が変わりつつあるのだ。総量は増加しているものの、かつての年7~8%の石油需要増加率は大幅に低下している。2025年には一日当たり1680万バレルを消費したが、2026年は1710万バレルほどとみられ、増加率は微々たるものだ。インドの増加率は高いものの、2021年から2024年まで年5%を超えていた増加率は、それ以降は4%以下に低下している。このような増加率の低下は、化石燃料発電が減少し(2025年は対前年比3.3%減)、再生可能エネルギー発電が増加していることによるものだ。2025年のインドの再生可能エネルギー発電は、前年に比べ24%増加している。
重要なのは、経済成長は化石燃料の使用量の増加につながるという過去の公式が、今や崩れつつあるということだ。今や新興国の経済成長は、化石燃料の使用量の増加を伴わずとも可能な時代になっている。言い換えれば、石油需要の急増がなくても新興国は成長できるのだ。
■戦争が終わったら
戦争が終わり、ホルムズ海峡が開放されたら、原油価格はどうなるだろうか。湾岸の産油国は、停止していた生産設備を再稼働するだろう。OPEC+(石油輸出国機構と非加盟産油国の協議体)7カ国は2026年5月3日、原油減産措置を一部縮小し、6月から生産量を増やすことで合意した。増産規模は一日当たり約18万8000バレルほど。UAEがOPECから突如脱退したことで、産油国連合体の統制力が弱まることを懸念した措置だ。実際のところ、一日19万バレル程度の増産は圧倒的な量ではない。ただし、脱退したUAEは予想以上に増産を試みるだろうし、制裁が緩和されたイランも供給量を増やす可能性が高い。
2026年4月末の米中央軍の公式発表と海上物流分析機関「ケプラー(Kpler)」のデータによると、現在封鎖のため移動できず、ホルムズ海峡とペルシャ湾一帯の海域に浮かんでいるタンカー内の原油の総量は、およそ6500万~7500万バレル。さらに、輸出できずに貯蔵庫にたまっている原油の量を加えれば、海峡封鎖が解除された際に10億バレル以上の原油が時差を置いて市場に放出される可能性がある。
米国のシェールオイルは当面、最高生産量が維持される見込みで、短期的に供給が需要を圧倒する可能性がある。消費が増える部門は戦略石油備蓄の再蓄積だ。IEAによると、30カ国以上の加盟国が備蓄量をすでに使い切っているという。備蓄の補充は避けられない。ただし、供給は数週間という比較的短期間で回復するが、需要は各四半期に分散する可能性が高い。
一日1000万バレルという歴史上類を見ない供給支障にもかかわらず、原油価格は史上最悪の水準までは高騰していない。理由は明らかだ。シェールオイルという代替品が登場しているうえ、需要も過去に比べて主要国では減少または停滞しているからだ。人類は石油危機に対する防御壁を完成させつつある。1970年代のような衝撃はもう起こらない可能性が高い。
ユン・ソクチョン|経済評論家