原文入力:2009-03-09午前07:11:53
分断後、初めて北側王陵12基 最近の姿 公開
日帝・韓国戦を経て 盗掘・破壊 痕跡そのまま
←北朝鮮 開城郊外の万寿山麓にある高麗8代王,顯宗の宣陵。民墓のように崩れ落ちた状態だ。 チャン・ギョンヒ教授提供
北韓,開城都心から西北側に4kmほど離れた開城市,開豊郡,ヘソン里。ここ万寿山麓のとうもろこし畑の中に崩れた石造物いくつかとともに据えられた墓が目に映る。高麗8代王,顯宗(在位1010~1031)の墓だ。カン・ガムチャン将軍をして契丹侵入をはね除け王朝の基礎を固めたが顯宗は今あまりにもみずぼらしくなった墓に眠っている。屏風石は土に埋まったり崩れており欄干柱石も大部分がなくなっている。
顯宗をはじめとして定宗(3代),睿宗(16代)等、開城附近にある高麗時代主要な王12人の王陵の姿が8日公開された。高麗王陵の最近の姿が確認されたのは分断後初めてだ。
この日<ハンギョレ>に写真を公開したチャン・ギョンヒ韓瑞大教授(文化財保存学)は「2005年から北韓当局と交渉し現地で直接撮ったもの」と明らかにした。
写真を見れば、高麗王陵の大部分の陵役が日帝時期の盗掘と韓国戦争時の破壊などを経てひどく毀損された状態のままだ。チャン教授は「南北当局間協力を通じた体系的な復旧・保存が至急必要だ」と指摘した。 ノ・ヒョンソク記者nuge@hani.co.kr
原文: https://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/342980.html 訳J.S