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[イ・ウォンジェの企業&企業家] ハリウッド キッド イ・ゴンヒ、世運商街キッド ジョブス

原文入力:2011-05-28午前10:10:08(3815字)
イ・ゴンヒvsスティーブ ジョブス
エコノミーインサイトより

←2010年1月、米国LAで開かれた家電展示会(CES)を参観しているイ・ゴンヒ会長(左側)、アップル最高経営者スティーブ・ジョブス

イ・ウォンジェ ハンギョレ経済研究所(HERI)所長

スティーブ・ジョブスとイ・ゴンヒ、二人は世界で最も速く成長する企業の最高経営者(CEO)であり時代のアイコンになった。ところでイ・ゴンヒの三星とスティーブ・ジョブスのアップルは大きく異なる。三星は相変らず‘管理の三星’だ。一糸不乱で成長も安定的だがつまらない。アップルは世界で最も創造的な企業として賞賛を受ける。世の中にない製品を度々出し、不安ではあるが非常に躍動的だ。

二人は経営スタイルも違う。スティーブ・ジョブスは夢のリーダーシップを見せる。新製品を自身が持ち出し直接発表する。製品デザインは一つ一つ直接指示する。 イ・ゴンヒは隠遁のリーダーシップを見せる。事務室に現れて業務を指示することは殆どない。抽象的話題を時々投じるだけで、具体的な経営過程には全く介入しないが、彼の一言一言は三星内外で絶対的権威を認められている。

二人の経営者の差異は二つの企業の違いにどんな影響を及ぼしたのだろうか? 互いに違う二つの企業は今後どんな姿に進化するだろうか? 以下の文は三星とアップルの経営に対する本格的な比較分析になるだろう。一方では経営者イ・ゴンヒと経営者スティーブ・ジョブスの比較分析でもある。私たちの時代に最も影響力の大きい二人の経営者を開いてみて学び乗り越えてこそ、韓国企業の未来が見えるだろう。

まず最も原初的な部分から探ってみよう。人間イ・ゴンヒと人間スティーブ・ジョブスとは誰か?

結論から話せば、二人は共通して‘カルト’(Cult)型経営者で、自由な魂だ。好きなことに挑み偏執狂のように食い込む性格だ。愛すること以外には全て軽んじる。 概して人より事物により大きな愛情と関心を示す。その結果、愛も憎しみもたくさん受ける人々だ。

人間イ・ゴンヒと人間ジョブスの類似点
さらに重要なことは、そのように好きなことを企業を通じて直接作り実現することに大きな魅力を感じる人々だ。天生の経営者であるわけだ。それも世の中にない物を作り波乱を起こし、追従者が従うようにさせ‘ファン’を呼び覚ませる魅力的な経営者だ。

‘You’ve gotta find what you love.’スティーブ・ジョブスが2005年スタンフォード大学の卒業式で講演した題名だ。若者たちに‘愛するものを探しなさい’と演説したスティーブ・ジョブスが若い時に愛したものは何だろうか?

スティーブ・ジョブスは16才になった1971年、5才年上の高等学校の先輩スティーブ ウォズニアク(ウォーズ)とともに電子装置を作ることに没頭していた。ウォーズはすでにガレージでコンピュータを作ることができる水準の技術者だった。ジョブスとウォーズは共に‘ブルーボックス’を作る。受話器に特定周波数を送り無料で長距離電話をすることができる装置であった。アイフォンのようにボタン一つだけで作動するように作った。 新しい製品を開発したという事実に皆が幸せだった。 ‘既成体制’の代名詞である電話会社のビジネスを破壊するというヒッピー的満足感も大きかった。

スティーブ・ジョブスは幼い時から‘カルト’を形成していた。名門人文大学のリードカレッジに入学するにはしたが一学期で中退した。それから書体デザインに心酔し幻覚剤に没頭したりもし、東洋哲学に心酔することもした。初めての会社である‘アタリ’に就職した後、まもなく出張のためドイツに発ったが、仕事の後 ヒマラヤとインド全域をさ迷い僧侶服を着て帰ってきては会社に復職するとして現れた。 一度没頭すればすべてを賭けてしまう彼のカルト的指向は、後日 ただ一つのデザイン、ただ一つの製品ラインだけで勝負するアップルの経営戦略にまで続いている。

イ・ゴンヒが若い時期に愛したものは何だろうか? イ・ゴンヒは映画マニアであった。 スティーブ・ジョブスが倉庫で電子製品作りを楽しむ‘世運商街 キッド’とすれば、イ・ゴンヒは‘ハリウッド キッド’だった計算だ。彼の映画愛の歴史は小学校時に遡る。1953年当時、第一製糖社長だった父親イ・ビョンチョルは小学校5学年だった息子コンヒを日本に送る。一人離れて話もよく通じない外国にいたイ・ゴンヒは、映画に没頭することになる。授業を終えた後、劇場に走って行き、休日には再封切り館に行き朝9時から夜10時まで7~8編の映画を続けざまに観た。イ・ゴンヒは日本で中学校1学年までの3年間に1200編以上の映画を観た。何か好きになれば深く陥ってしまう‘マニア’であり、自らファンになる‘カルト’であったということだ。

イ・ゴンヒのもう一つの愛は‘犬’だった。イ・ゴンヒ会長が就任した後、三星秘書チーム職員らの机には錫で作った犬の人形が置かれた。そうするうちにエバーランドには1992年‘国際化企画室’という組織が新設された。‘珍島犬国際化’を目標にした組織だった。10年以上努力したあげく珍島犬は英国愛犬クラブのネンネル クラブ((Kennel Club)が公認する世界197番目の名犬になった。イ・ゴンヒは寿命を皆終えた自身の愛犬のために葬儀を行い、エバーランドに追悼碑を用意することもした。 三星の盲人盲導犬事業が始まったのもこの頃だ。

三星とアップル 育てたCEO,どちらがより幸せだろうか?

イ・ゴンヒは日本で一人で過ごした幼い時期、孤独のために犬を育て始めた。彼は「犬が良い友人になり、人と動物の間に心的対話が可能だということをその時分かった」と話した(<イ・ゴンヒ エッセイ:考えるのはほどほどにして世の中を見よう>、東亜日報社編集、1997)。「私の初恋はペキニーズ」(日本で初めて育てた中国産愛玩犬)と話したという。

イ・ゴンヒの自動車に対する愛も有名だ。エバーランドに専用トラックを作りスピードを楽しんだとか、数億ウォンのベンツ マイバッハに乗り出退勤する姿が噂になりもした。三星は彼が愛した自動車事業を果てしなく試みる。

ここまで見れば、スティーブ・ジョブスとイ・ゴンヒは似ているように見える。彼らが愛したものは事物や動物だった。また、彼らが愛した事物は当時は変な趣味だったが未来市場で途方もなく成長する、コンピュータ・電子製品・自動車・犬(韓国愛犬市場の成長勢を見よ)のようなものだった。彼らは一度気に入れば、それに最後まで没頭し愛したし執着した。最後には、自身が愛したことを企業に植えて育てて事業化しようとした。

しかしスティーブ・ジョブスが自身の愛と情熱をアップルに実現した反面、イ・ゴンヒの情熱と想像力は三星に完全に具現されえはしなかった。幼いジョブスは‘一つのボタンだけで作動する’彼だけのブルーボックスを作り それを愛した。 おとなになったジョブスは一つのボタンだけで作動するiPodとiPhoneとiPadという製品を作り成功させる。一度没頭したデザインと技術に完全に情熱を傾けたということだ。アップルは彼の愛が刻印された企業だ。

イ・ゴンヒは成功したグローバル企業三星の会長だ。しかし彼が愛する映画と自動車を事業化することには失敗した。1993年にスタートした三星映像事業団は結局 門を閉めた。長年にわたる準備の末にスタートした三星自動車もやはり1997年の金融危機を迎えルノーに引き取られた。三星全体を見ても、映画と犬とスピードを愛した、想像力と創造性あふれる彼の人格が‘管理の三星’にそのまま具現されたと見るには難しい。

アップルはスティーブ・ジョブスそれ自体だ。マッキントッシュ コンピュータとiPhoneとiPadはジョブスの手足であり分身だ。ジョブスはその情熱と執念で自身の分身を地球上に作った。しかし三星はイ・ゴンヒではない。イ・ゴンヒはまだ愛するものを組織に実現することができずにいる。

三星とアップルの最も大きな差はここに始まる。自身の人格を企業に実現し、そのまま成功させた経営者と、企業と自身の人格が遊離しているが大きな成功を収めた経営者。二人のうちどちらがより幸せだろうか、または、成功的であろうか? どちらが良い経営者、良い企業家であろうか?

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イ・ウォンジェはハンギョレ経済研究所(HERI)所長で、米国MIT MBA学位を終えた。<株式会社 大韓民国希望報告書> <イ・ウォンジェの5分経営学>などの著書を出した。ハンギョレ新聞経済部記者、三星経済研究所首席研究員を経た。ツイッター@wonjae_leeフェイスブック www.facebook.com/lee.wonjae.fb

原文: https://www.hani.co.kr/arti/economy/economy_general/480187.html 訳J.S