登録 : 2010.08.30 10:11 修正 : 2010.08.30 10:11

原文入力:2010-08-30午前08:35:57(1416字)
解放後・韓国戦争など混乱期に宗廟から不法流出した模様
所蔵 美術館 返還不可の立場…学界 "還収交渉を"

ノ・ヒョンソク記者

朝鮮時代の代表的な女性権力者であり、中宗(在位 1506~1544)の王妃だった文定王后(1501~1565)の金宝(王室印鑑である御宝の一種類)が米国に流出し現地有名美術館が所蔵、展示中であることが明らかになった。この金宝は本来、朝鮮王室の霊廟であるソウル宗廟神室に安置されていた儀礼用印章であり、海外流出文化財の中で最も優先的な還収対象に挙げられる王室宝物だ。

文化財庁傘下の国立故宮博物館(館長 チョン・ジョンス)は「最近、米国、ロサンゼルス カウンティ美術館(LACMA)が文定王后金宝を購入し構内の韓国室に展示中である事実を確認した」と29日明らかにした。博物館側は「今年初めLACMAに派遣された職員がこういう事実を確認し概略的な経緯を把握した状態」と説明した。文化財庁側も「傘下の国立文化財研究所が去る2007年、LACMA所蔵韓国文化財目録を調査している間にこの金宝が含まれている事実を把握し報告書作業を進行中」と付け加えた。

この金宝は高さ6.45㎝、横、縦各10.1㎝の大きさだ。金銅材質でうろこと甲羅がついた亀形の取っ手があり、下部の印面(印鑑を捺す面)には文定王后の尊号である‘聖烈大王大妃之宝’という銘文が浮き彫りされている。朝鮮初期王室の金宝製作様式を示す大切な史料として工芸史、文化史的な価値が高い。<朝鮮王朝実録>によれば、1547年 彼女の子息である明宗(在位1545~1567)が景福宮勤政殿石段の上に出て行き‘聖烈仁明大王大妃’という尊号を奉り徳を称え玉冊文と楽章を捧げたという記録が出てきて、金宝もこの時に作られたものと見ている。

文定王后金宝をは解放直後または韓国戦争当時の混乱期に宗廟から無断流出したと見られる。文化財庁関係者は「LACMA側学芸士から数年前にある個人収蔵家から金宝を購入したという話を聞いたが、詳細な経緯は分からなかった」と明らかにした。チョン・ジョンス館長も「財団基金で購入した合法的な所蔵品なので返還は不可能というのがLACMA側方針であると理解している」として「貸与展示などを考慮してみることができるだろう」と話した。しかし国内学界ではこの金宝が不法流出されたことが確実で、宗廟に祀られた最上級儀礼品なので外交的次元の還収交渉が絶対に必要だという指摘が出ている。

王室印鑑の御宝は王と王妃、跡継ぎ、世孫など王族の主要通過儀礼の度に作られた。太宗以来、朝鮮主要王、王族の御宝は計350点余りが作られたものと推定される。この内、10点余りが日帝強制支配期と韓国戦争当時に消え現在は330点余りが現在の国立故宮博物館と国立中央博物館などに残っている。文定王后は子息の明宗を垂簾聴政し当時の国政を主導し、実弟である勢道家 尹元衡を前面に掲げ尹任など儒教官吏勢力を政界から追放する乙巳士禍(1545)を起こした。 文ノ・ヒョンソク記者 nuge@hani.co.kr,写真提供 文化財庁

原文: http://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/437355.html 訳J.S

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