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[ホン・セファ コラム] キム・イェスル宣言と大学序列体制

原文入力:2010-04-25午後07:03:54(1650字)

ホン・セファ記者

←ホン・セファ企画委員

"今日私は大学を辞める。いや、拒否する。" 最近、高麗大キム・イェスル学生の大学拒否宣言が私たちの社会に大きな響きを与えた。大字報を貼り一人示威を行った理由を「弱いので戻らなくするために」と明らかにした彼女は、自身の話を3枚の大字報に尽くすことができなかったとし、本<キム・イェスル宣言>として出す軽快な歩みを見せた。

一方、<人権連帯>情報誌最近号には、このことを見守ったある地方大生の‘挫折’の弁が載せられた。もし地方大で「全く同じことが起きたなら拍手どころか注目すら受けただろうか?」と質問を投じた彼は「世の中はある一人の大学生が、大学に代表される韓国教育に意義を見いだせず自ら辞退したということより、‘高麗大生’がそうしたとということに より大きな関心があるようだった…皮肉なことに、その大学を自ら拒否した彼女を最後まで輝かせたのは名門大の名前だったかもしれない」と書いた。

序列化された大学体制、それは韓国社会で‘大学,国家,市場という抑圧の三角同盟’を強力に支える強力な装置の一つだ。‘SKY,‘in ソウル’,‘地雑大’(地方の雑多な大学)の区分は学生時代からすでに‘役立つ商品として選別され’るだけでなく、拒否であれ抵抗であれ脱走であれ、社会的発言をするにもそのような資格がある者を少数に制限する。今この時間にも少なくない大学生が拒否する資格さえ持てずに大学から静かに抜け出している。

キム・イェスル学生は高麗大で3度泣いたという。三星イ・ゴンヒ会長が400億ウォンを寄付し名誉哲学博士学位を受けにきて、学生たちが反対デモをして教籍剥奪までされた2005年の三星事態の時、2006年‘グローバル高大’という言葉が誇らしく使われた頃、イスラエルと米国がレバノンを侵攻した時、そして2008年 「私は株式会社 大韓民国のCEOだ」という李明博大統領のニューヨーク発言を高麗大の‘李明博ラウンジ’で新聞で読んだ時だ。そのように3度泣いた人のアイデンティティも‘大学生キム・イェスル’,‘人間キム・イェスル’より‘高麗大生キム・イェスル’に近い。はなはだしきは拒否した後にも高麗大という名前は影であれアウラであれ彼女から消えることはないだろう。それだけ韓国社会で大学の看板という所有物は、他の所有物とは違い存在が拒否すると言ってもその存在の重要な構成要素として残る。

19世紀中葉、ヨーロッパ反動の旗手メッテルニヒは大学の門を閉め国家の役割を教えたが、その時はまだ資本が大学を掌握する前だった。今日、私たちは資本が大学を掌握し、それを媒介に社会を支配する価値観と談論,欲望体系の中に構成員をして全く身動きできないよう閉じ込めていることを見守っている。ここで大学序列体制がどれほど有効に作用しているのかを認識する必要がある。たとえば‘大学生連帯’という言葉もこの体制にきっぱりと対抗しない限りは無駄に終わるほかはない。しかし、とても慣れきったためであろうか、内面化したり現実論理として受け入れることにより分断支配の最も強力で効果的な大学序列体制のマトリックスから抜け出せずにいる。この時、私たちに残るのは‘私一人の自由’だとか‘小集団の中での自由’しかないのではないだろうか。それは真の自由の姿ではない。

「大学に行くことが出来ない多くの方々に心より謝罪の心を伝えた」キム・イェスル学生の省察的姿勢が大学序列体制に関する問いに達することを望む。彼女の 「考えた通り話し、話した通り行動し、行動した通り生きるという勇気」 に拍手を贈る。

ホン・セファ企画委員 hongsh@hani.co.kr

原文: https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/417700.html 訳J.S