原文入力:2012/05/25 03:09(2396字)
朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学
残念ながら今日はあまり書けそうにありません。体の調子が記録的に悪く、長い間パソコンの前に座っていられないからです。仕方がないので、ここ数年間私を悩ませた一つの問題についてだけ簡単に述べ、皆さんのご意見や持続的な問題提起を促したいと思います。
2003年に米帝のイラク侵攻が開始されました。当時、国際進歩運動がこの蛮行に二つの戦略で立ち向かいました。一つは大規模な街頭集会であり、もう一つは「人間の盾」、すなわち米帝の砲・爆撃が予想されるバグダッド等の多くの地に配置される西側世界(及び日本、韓国)系統の志願者の派遣でした。当時の街頭集会はロンドンやローマの場合はその都市の歴史上最高のものだったという点からすれば、反戦行動が戦争を防ぐことはできなかったとはいえ、それなりの歴史的な意義はあったと考えなければなりません。ところが、(彼らの中から死傷者は出なかったように記憶する)「人間の盾」を送り込む作戦を見て、私は1936年のことを思い出したりしました。スペインで反動クーデターが起り、内戦が勃発し、ファッショ諸国がその内戦に干渉し軍隊を派遣した際、国際共産主義、社会主義運動は果していかに対応したでしょうか。「人間の盾」、敵弾に当たって殺されるのをただ待つだけの人を送り込んだでしょうか。とんでもありません。約3万人の国際運動家たちはスペインに行き銃を握ったり直接ファッショたちとの血戦を繰り広げたのです。彼らは必ずしも共産主義者ばかりではなく、中にはジョージ・オーウェル(George Orwell、1903~1950)のような急進的な社民主義者もいました。あの頃は必ずしも共産、アナーキスト運動でなく、急進社会主義者であったとしても、ファッショたちに体当たりで臨むだけでなく、戦闘でやっつけようという考えは通念に近いものでした。
米帝はファッショ政権どもとは異なると反論される方々もいらっしゃると思いますが、そうだとしても、米帝のイラク侵略がもたらした様々な結果、たとえばイラク側の死亡者数(約65万人、全体人口の約2.5% )や社会間接施設、環境に及ぼした破壊的影響などからすれば、ファッショたちの仕業となんら違いはありません。平和主義的、非戦闘的な抵抗はある側面においてより未来志向的だと捉える方々もいらっしゃるでしょうし、それも正しい見解だと思います。ところが、1936~1938年のスペインにおける国際旅団にも少なからぬ数の平和主義者たちがいました。シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil、1909~1943)のような平和主義的で信仰深い進歩活動家かつ哲学者もいたわけです。彼らは戦闘の任務には当たらなかったものの、後方の様々な任務を引き受け、スペイン共和国の反ファッショ抵抗を支援しました。自らの生命を銃弾や疾病などの危険に晒しながら。ところが、果して非戦闘的方式であろうと、イラク民衆の抗米抵抗(2003-2011)を支援した西側の活動家は一人でもいたでしょうか。イスラム主義者など思想や文化がかなり異なる側からの支援はたくさんあったものの、西側の人々は最早帝国主義と面と向かって闘うことを嫌っているようです。帝国主義が変わったというよりは、変質したのは西側の進歩運動内部の様々な行動様式と認識などといえましょう。
戦後資本主義の黄金期(1945~1972)は活動家たちをうまく馴致させてしまいました。多くの第一世界の共産党などは資本主義の革命的な克服という課題を事実上遺棄し、その課題を遂行し続けようとした新左翼たちは大衆化に完璧に失敗してしまいました。彼らの大衆化の失敗は日本、ドイツ、イタリアで新左翼運動の一部の前衛勢力を直接武装攻撃戦線に駆り立てたものの、ごく少数による武装行動は運動全体を勝利に導くこともできなければ、資本主義を脅かすことさえもまったくできなかったのです。資本主義の黄金期が終わった後も、新自由主義的な労働階級の縮小、分化、勤労大衆たちの原子化などは西側社会の保守化に寄与しました。つまり、イギリスは緊縮政策でいかに民生破綻が第三世界並みに達しようとも頑固に「革命」を唱える社会主義労働党などは党勢の拡張にまったく成功できずにいます。「占拠運動」などのやり方でかなりの若者たちが急進化しようとも、彼らには「革命」に対する明確な概念も階級的な接近もまだ備わっておらず、また旧左翼たちは彼らを指導する力量も甚だ不足しています。最も打撃を受けた国、たとえばギリシャの場合も、その多くはまだEU/ユーロ圏からの脱退に反対しているなど、EUのような帝国主義的なプロジェクトに対する一般の意識水準も絶望的に低いものです。
銃を手に米帝と闘う代わりに、「人間の盾」を選ぶのは平和主義の拡散というよりは西側国家における進歩運動の馴致、体制内化の度合いを示しているだけです。西側社会や日本、そして最近の韓国はまったく惨めなほど保守化しました。問題は、世界恐慌の4年目を迎える今は、支配者たちには私たちに提示しうる「にんじん」は最早ないということです。下からの急進化は既に始まっています。それを急進左翼が革命言説の中に引き入れ組織することができるのか、体系的な代案を提示し有意な政治的変数に浮上させることができるのかがまさに鍵となるでしょう。
原文: http://blog.hani.co.kr/gategateparagate/48811 訳J.S