原文入力:2012/04/19 19:31(2067字)
←イ・ジョンギル駐韓外国人留学生協会代表
制度的差別よりさらに苦痛なのは
同じ学生たちからの差別…
留学生が抱く肯定的オメージが
すなわち国家ブランドを高める道
"外国人留学生のための○○○○"
最近このような文面を大学のキャンパスとか、色々な外国人関連機関で簡単に見ることができる。 これは外国人留学生のための別途の行事が必要な程に彼らの数が増加し、彼らに対する関心が高まっているということを示している。だが、一方でそのような行事を準備しているということは彼らに何か困難があって、そのために私たちの努力が必要だということを示唆している。
2008年のニュースを通じて今後数年以内に留学生10万人時代、20万人時代を展望しているという記事とともに、韓国で留学生活をしたある学生の留学放棄事例に接することになった。 留学生の増加と留学を放棄した学生、何か脈絡が合わないという思いで、その記事をもう少し細かく調べることになった。 留学放棄を決心した学生の立場からは、色々な個人的な理由が複合的に作用してそのような決定をしたのだが、その当時の私は漠然とその学生に韓国で心を開いて付き合える友人がいたならばどうだったろうかと考えた。 韓国の人々の立場では、キャンパス内の良い教育条件で奨学金を受けとりながら勉強する学生たちも多いのに、なぜ放棄するのか、何が困難なのか疑問を感じることもあるだろう。 しかし外国人留学生が悩んだ末に決めた留学生活を放棄するという決心を下すまで、韓国社会、学校、同じ科の学生たちから彼らが感じた差別の強さは知らず知らずにそのような行動をしている私たちには想像もできないほどだ。
我が国の学生たちも去る数十年間、留学生活をして多くの差別を受けただろう。 多分今でも受けている学生たちがいるだろう。 その国の教育システム、社会の雰囲気による制度的差別よりは一緒に勉強している隣にいる学生たちから受ける差別が最も大きな傷として感じられるのではないだろうか?
関連団体を運営して外国人留学生から最も多く聞く話は 「韓国語が難しい」、「就職したい」とともに「韓国人の友人がいない」、「韓国の学生たちと友人になろうとしても容易でない」という話だ。
外国人留学生の側の問題も明確にある。友人とは基本的にお互いに関心がある状態で結ばれる関係なのに、自国留学生だけで集まって生活し、長い間の韓国生活の中でも韓国語と文化を学ぼうとしない外国人にとって友人になってもらうということは容易ではない。しかし外国人留学生を我が家に遊びにきたお客さんと眺めるならば、新しい環境に馴染めない彼らに私たちが先に手を差し出すことはできないだろうかと思う。
国家ブランド向上と言えば、私たちは当然のように韓国を代表する大企業の商品輸出、有名な芸能人の海外進出等を通じて成り立つと考えるが、韓国の学生たちが暖かく接してくれた外国人留学生が韓国に対して持つことになる肯定的イメージこそがまさに国家ブランドの向上だと考える。
これまで言論を通じて数回言及された政府の制度的な問題点、人数増やしに汲々とした留学生選抜、キャンパス内人種差別等の各種問題点を解決するには政府や学校次元の努力以外に民間次元の努力が必要だ。 最も良い方法は民間外交官たちといえる韓国の学生たちが外国人留学生に直接皮膚で感じられるように助けになる友人になることだ。 そのためには政府、関連機関、大学などの主管で進行される多様な外国人留学生行事に自然に韓国の学生たちが参加できる雰囲気を作らなければならない。
現在、私たちの団体は80余ヶ国3000人余りの学生で構成されている。 初めてマレーシアの学生に会って始めた小さな活動が今まで持続的に続けられたのは、まさに友人という言葉のためではないかと思う。これまで文化体験、体育大会、言語交換プログラムなど多様な行事を進めてきたが、最も記憶に残る最もやりがいがあって意味深かった瞬間は、すべて韓国の大学生と外国人留学生が友人になって一つになって交流した行事であった。
この頃、社会は韓国学生たちにグローバル マインドを育成し、世界を舞台に大きな夢を広げろと語る。 その一つの方法が外国人留学生の友人になることだ。 韓国の学生たちが留学生を通じて世界各国の文化・経済・社会などについて間接経験できるし、同時に彼らとのコミュニケーションを通じてグローバル マインドを培うことができるからだ。
これを通じた漸進的な認識の変化により、いつかは外国人留学生の増加ではなく、留学を放棄する外国人留学生減少という記事を見ることになる時期が来るだろうと考える。
イ・ジョンギル駐韓外国人留学生協会代表
原文: https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/529117.html 訳J.S