原文入力:2011/12/12 19:39(4246字)
韓国非正規労働センターが美しい財団と共に行った‘2011非正規労働手記公募展’に当選したオ・ソクスン氏の文を載せます。 編集者
コンベヤーが回れば仕事がたまり
滞った作業が遅滞すれば休み時間だろうが
食事時間だろうがなんとかしなければならない
工場に通い労組を作って解雇された後、保育園の園長になった。共同体の保育園だが子供たちが大きくなって幼稚園や小学校に進学して使い道がなくなり再び工場に通った。それがあのキリュン電子だった。 3ヶ月の修習期間さえ終われば正規職になった時期は過ぎ去り、入ってから工場を出るまで永遠に修習職として生きていく非正規職だけがある就職の門だった。入ってまだ3ヶ月にもならずに私は土曜日に特別勤務をして退勤途上のバスの中で携帯メールで解雇された。そして1895日、私は路上で座り込みしハンストで涙ばかりの世の中に耐えなければならなかった。
私たちの闘争は非正規職労働者を正規職として雇用するということに結論が出た。勝利したのだ。 だが、私たちの勝利は今すぐに実現する現実ではない。1年6ヶ月後に来る勝利だ。その間、私たちは闘争して労働して生活しなければならなかった。 それで始めたことの一つが現場就職だった。現場に就職し去る5~6年間、現場の変化を体得し新しい可能性を見てみようということだ。
私が入ったところは○○電子だ。 禿山洞(トクサンドン)にある職員が50人ぐらいの会社だ。 ○○電子は携帯電話ケースを組み立てる会社だ。 いわゆる家族会社だが社長とその夫人と社長の親戚の一人と思しきイ・某さんと呼ばれる人が経営管理をしている。彼らは作業場の一番後ろで試験を受ける子供たちを監視する先生のように見回りコンベヤーベルトを調節する。
○○電子の勤務時間は朝9時に出勤して、夕方6時に退勤する。だが、このように定時で終わるケースは殆どない。勤務時間は部品がなくなるまでだ。だから日によってバラバラだ。誰も今日の残業時間を予測することはできない。 入社して退勤時間になったので同僚に尋ねた。「今日は残業あるんですか。何時までですか?」と訊くと「ここではそれを誰も知りません。社長だけが知っています。」 一時間半を過ぎてもコンベヤーは停まらない。 7時30分になるとパンが配られる。 ‘パン残業’だ。 結局、残業は仕事が終わってこそ終わる形だ。残業する時に提供する食事も不規則だ。 たいてい2時間残業ならばそのまま夕食抜きで連続残業をする。 2時間以上3時間程度の残業ならばパンが提供され、3時間以上になってこそご飯を与える。それでこの工場での残業は‘残業、パン残業、ご飯残業’に分けられる。そのように仕事をしてみても150万ウォン以上を受け取る人がいない工場だ。
○○電子は毎週月曜日に朝会を行う。 速く作業しなさい。 不良を出すな。 組み立て過程で漏らすな。 脱落を2回すれば直ちに会社を辞めて家に帰れという言葉が大部分だ。そしてこのような形の督励は日常的に進行される。 作業途中に "集合" を叫ぶ。 誰かが不良を出して脱落したのだ。それで私たちは朝会の時のように集まる。その日は納品会社から不良をファックスで伝えてきた日だ。 まず検査する人を促して脱落や不良が出れば再び修理組み立てをするのではなく、出勤簿の前に展示して皆に警鐘となるようにするということだ。
作業中に不良が発生すれば休み時間や食事時間にそれを修理して満たさなければならない。処理するのではなく不良分を管理者が持ってきて働けというのだ。コンベヤーが回ればそれに押されて、それで作業が遅滞して溜まる。 それで停滞した分も休み時間や食事時間に満たさなければならない。そうするうちに一部の人々はコンベヤー速度に追い付かないために、自分から休み時間にあらかじめ作業する。 このあきれた現実に私が以前通ったキリュン電子非正規職労働はいつのまにか昔になったなと考えざるを得なかった。
私は幼いころから手先が器用だった。それでどんな工場へ行っても作業量や速度で虐待を受けたことはない。 むしろ常に称賛を受ける側だった。キリュン電子非正規職の時にも私は少なくとも仕事が押されたり溜めたことはない。 それで私が作業の初めてのラインに位置すれば人々の厳しい視線を受けることもした。 だが○○電子に入って、生まれて初めてコンベヤー速度に追いつけなかった。 すごい労働速度と強度に本当に私が齢を取ってそうなのかという愚痴をこぼした。こういう自発的な外形を帯びた強制があまりにも自然に進行されていることに当惑した。
当惑した私は工場を見て回ると工場はかつての工場ではなかった。 ○○電子の生産職労働者の70%が移住労働者たちだった。 特に中国同胞の労働者が多かったが、彼らは初めから悪化した労働条件を正常で当然のことと感じるように訓練された人々だった。 彼らは我を忘れて仕事をしながらも、また、我を忘れて騒ぐ。そのような姿が以前の私たちの姿なので興味深く見守った。 社長と管理者は騒ぐのが嫌いだ。仕事に集中できずはかがいかないと考えるためだ。 それですぐに「静かに働け」と叫ぶ。 それで静かになる。 だが、それもつかの間、またおしゃべりが始まる。 それで休まずに「静かにしろ」という言葉を聞きながら仕事をしなければならなかった。
ある日にはとりわけコンベヤーベルトがとてもゆっくり回る。どういうことなのかと思ったところ納品業者から監督が出てくるという。それで規定速度で仕事をさせると言う。仕事の量がほとんど3分の1水準だ。ところが監督がいる瞬間には休まず仕事をして定期的な休み時間なのに休むことができなかった。本当に汚かった。 結局、監督が去った後に少しの間の休み時間を持つことができた。 振り返ってみればその日だけ不規則的に休み時間をとったわけではない。 休み時間の前後に、決まった仕事があり部品があるならそれをすべてやってから休む。だから30分、一時間ずつ休息なしで仕事をする。大体、携帯電話モデルを変えるためにしばらく隙間ができる時間を休憩時間だとして付与する。仕事もそうだ。 仕事が多ければ特別勤務残業だが時々部品がなくなればすぐに帰宅措置する。 一種の早退措置だ。週5日制だと言うが、土曜日勤務は義務的に強制する。こういう強度だから国内労働者でこの会社に耐える人は珍しい。毎日、新人を採用し毎日人が辞めていく。 そうするうちに会社は可能なら勤労契約書を書かない。 すぐに辞める人々に日当や2~3日の日給を与えないためと言う以外には理解できない。
1986年のその時の労働も今の労働もまるで区別できない状況だ。20年を超えてそれでもより良い労働のために働いたが…。本当に佗びしかった。
○○電子は派遣労働ではない。 キリュンは派遣労働だった。それで雇用不安は減った。なぜなら自分が耐えれば済むためだ。 だが、あまりにも不規則で強い労働強度のために国内労働者はほとんど耐えられない。 雇用不安の代わりに地獄のような労働の苦痛に耐えなければならないということだ。 だから結局、中小零細業者では正規職、非正規職を問い詰める必要がなく途方もない長時間労働と人が耐えられない労働強度を強要されている。自ら数ヶ月も耐えられないため、1年2年の雇用契約期間にどんな意味があるだろうか? 雇用不安は結局、奴隷労働に耐える強要過程である。
その一方で異常で見慣れないことがあった。50人程度なので社長らはあたかも長兄が末っ子の弟をこらしめるように情をもって指摘する。 だが、その内容は何の権利も与えず義務だけ負わせる労働を受け入れろということだった。 一言で言って労働強度が‘半端でなかった’。そこでキリュン電子で会った労働者に再び会った。キリュン電子で正規職として仕事をしながら手が速く仕事ができるとうわさが立った友人であった。 だが、その友人も一週間も耐えられずに辞めた。その時、その友人がした話は「姉さん、私にはここでとうていコンベヤー速度に合わせられません。 耐えられません」であった。私も仕事の強度に耐えられず、からだが辛かった。 我慢して仕事をしたが見るに耐えないと思ったのか舎母がきて早く退勤して病院に行きなさいという。人が耐えられない工場、そして作業が死に追い込む現場。まだ世の中は人が人らしく生きられる所ではなかった。 私が一番最初に工場に行ったのは1986年にラーメンを作る三養(サムヤン)食品だ。その時は夜昼交代であり真に封建的であったが、その時の労働でも今の労働でも全く区別できない状況だ。 20年を超えてそれなりにより良い労働のために働いてきたが…。本当に佗びしかった。
私たちが歳を取ったのか? この世の中が人を機械よりさらに強いと思って促すのだろうか? キリュン電子非正規職労働の悲しみに抵抗したが、その間私たちの時代工場の現実は移住労働者らの悲しみと涙と苦痛の中でより一層悪化していた。仕事というものが、そうだ経済というものが人のために存在することなのに、どうして金のために人をみな殺すことになったのか、本当にくやしい。正規職と非正規職の区別もなしに一日一日を耐えなければならない工場、本当に真っ暗だった。 1986年も2011年も変わることのない現場、本当に私としては耐え難い労働強度、ここにすでに適応した労働者や、休み時間や食事時間を犠牲にする労働者の現実を見ながら、長い闘争、日常的な連帯闘争の疲労に不満を言った私の姿が恥ずかしかった。長期闘争よりさらにつらい労働の現場を見て、その現場のつらさに適応できない(?) 私の姿を見て回り共に明るく笑う世の中のために私たちはどれほどさらに努力しなければならないのか…。希望はいったいどこでどのように暮らしているのか。 だが、私がキリュン闘争を通じて学んだことがある。 希望はあきらめない人のものだということを。
オ・ソクスン金属労組キリュン電子支会組合員
原文: https://www.hani.co.kr/arti/opinion/because/509780.html 訳J.S