原文入力:2011/09/20 19:36(5563字)
ハンギョレ-慶南(キョンナム)フォーラム 地方自治体南北交流協力 診断
←「分権化時代の南北協力」を主題にした“ハンギョレ-慶南フォーラム”が去る19日、慶南昌原(チャンウォン)コンベンションセンターで開かれた。 慶南発展研究院提供
イ・ウンジン慶南発展研究院長は19日、慶南昌原コンベンションセンターで開かれた“ハンギョレ-慶南フォーラム”での挨拶で次のように話した。「南北関係が停滞した状況においては、政府でない民間が、中央政府でない地方自治体が、南北間の対決と断絶の空白を跳び越えるための独自の役割を果たすことができると思います」。 2000年の南北首脳会談を契機に南北交流協力が拡大するのを背景として地方自治体の交流協力がその協力関係を補完し深化させる関係にあったとすれば、現在地方自治体に要求される役割は代案と突破口としての意味まで持っているようだ。「分権化時代の南北協力」という主題で開かれたこの日フォーラムは、地方分権時代を迎えて地方自治体レベルでの南北交流協力と関連した課題を整理し、今後進むべき方向を提示する場であった。
既存事業を評価して敗因分析
新たに推進するために整備を
この10年余り, 地方自治体の南北交流協力事業は大きく次のような時期を経て変化してきた。 1999~2001年が摸索期だったとすれば、2002~2005年の対北人道的支援事業の推進期を経て、2006年を契機に開発支援事業への転換期を迎えた。 しかしイ・ミョンバク政権登場を契機に南北関係が悪化し、大きく萎縮して開城(ケソン)工業団地と極く一部の乳幼児脆弱階層に対する支援事業を除いては中断される状況を迎える。 これは一回性でない、開発支援を目標に持続性が担保されなければならない事業に切り替える過程で、断絶という深刻な状況を迎えたことを意味する。
昨年の天安(チョナン)艦・延坪島(ヨンピョンド)事件で南北関係が極度に悪化した状況でそれなりに最小限の通路を維持することができたのは地方自治体と民間の交流協力だった。 ところがイ・ミョンバク政府は昨年の5・24措置により、いかなる例外も認めないとして全ての関係を断絶させた。
この3年半の間の南北関係悪化とそれによる交流協力事業の中断は、反面教師としての教訓はある。 こういう事態を繰り返さずに今後または次の政権において、南北関係と交流協力事業をどのようにしなければならないのかを点検する契機を作ったからだ。
この過程で争点になったのが政経分離の原則だ。 ハンギョレ-慶南フォーラムでパク・スンソン民主政策研究院長は「(これは)中央政府次元であれ地方自治体および企業、民間団体などの次元であれ、必ず守らなければならない主要な“戦略的原則”と言える」と話した。 交流協力事業の安定性と拡大・深化のために必ず必要だということだ。 しかしパク院長はこの政経分離の原則も、南北関係が政治・軍事的に少なくとも紛争状況であってはならないという事を見過ごしてはいけないと指摘した。 延坪島(ヨンピョンド)砲撃のような状況でも政経分離を主張して交流協力を継続できるのかという疑問に対する答えだ。
中央政府-地方自治体関係再検討
統制からパートナー関係へと進むべき
また、今後南北交流協力事業を新しく推進するためには先ず、これまで地方自治体が推進した事業を評価してみる必要がある。 チン・ヒグァン仁済(インジェ)大教授(統一学部)は、これまで南北間で協議して推進した交流協力事業の中で成し遂げることが出来なかった事業の原因を分析した。 それによれば、そうした事業の共通点は△事業の具体性欠如△性急な事業推進△北側の受け入れ能力を越えた事業△事業提案時に北側の過度な要求を受容できなかった場合、などだった。 それに反して完了および継続中の事業は△具体性のある事業計画△漸進的・段階的推進△北側が受け入れに格別負担を感じない事業、という共通点を持っていることが明らかになった。
政府が地方自治体の交流協力を全面中断したことは、ガバナンスと民主主義の観点から見ても問題がある。 それは南北関係の全てを中央政府が統制するという認識から出発しているからだ。 そうした点で民主主義とガバナンス、そしてローカル ガバナンスの次元でも、対北協力における中央と地方の関係の再検討が必要だとチン教授は指摘した。 中央の統制が強いほど民主主義は逆行する蓋然性が大きく、市民社会・地方自治体などとのパートナー的関係でガバナンスが成されるほど民主主義は強くなり得るという明確な原理に対する共感が必要だということだ。 これは、草の根民主主義の拡散が南北交流協力の幅と範囲をより一層広げる契機になり得るということを意味する。 そうした点で中央政府の認識転換が要求されるということだ。
カン・テホ ハンギョレ平和研究所所長kankan1@hani.co.kr
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慶南、農業を踏み台に他の産業も連係計画
地方自治体南北交流協力事業の始まりは1999年1月、ミカン100tを北に支援した済州道(チェジュド)であった。 しかしこれまで南北交流協力事業を最も模範的に推進した自治体としては京畿道(キョンギド)が、先導的役割を果たしたところとしては江原道(カンウォンド)が挙げられる。 慶尚南道(キョンサンナムド)の対北協力事業はどんな評価を受けており、またどんな方向に発展させて行くのだろうか?
慶南の対北協力事業は地方自治体・民間団体・企業・住民などの“ローカル ガバナンス”が最も広範囲に形成されたものとして評価されている。 これは道が対北協力のための行政・財政的な支援をして、実質的な事業は地域の純粋な草の根団体である慶南統一農業協力会(常任代表チョン・ガンソク、以下 慶統協)が分担する体系を整えることによって可能だった。 道が2006~2010年に慶統協などと協力して推進した事業は29件で33億ウォン余りの規模であった。 慶統協はこれを土台に農作業経験の豊富な会員たちに随時北を訪問させて平壌市(ピョンヤンシ)江南郡(カンナムグン)長橋里(チャンギョリ)協同農場40万坪で稲作を共同で行ないビニール温室で各種の野菜を栽培することによって南側の農業技術と農法を伝えた。 また、長橋里小学校の建設を道内の経済人、各種職能団体、公務員、学生などの寄付で成し遂げ、住民参加型南北交流協力事業の可能性を見せた。
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地域社会の南北協力経験が統一に備える力量を育てる
南北住民の肯定的認識にプラス
事業参加民間団体も発展
冷戦時代に南北関係は中央政府だけが担当する聖域だった。 しかし1995年の地方自治制全面実施、そして2000年の南北首脳会談以降、変化が始まった。 民主党の“素晴らしい地方政府委員会”委員長のウォン・ヘヨン議員は、この地方自治体の南北交流協力が地方レベルで統一に備える力量を作っていく契機になったと話す。 ウォン議員によれば、南北関係の現実と統一問題に対する自治体公務員および地方議会議員の理解が深まり、その結果ソウル・京畿(キョンギ)・仁川(インチョン)・江原(カンウォン)など多くの自治体が条例を通して南北協力基金も作る程に、地方自治体次元の交流協力が活性化したという。 また、このように南北交流協力事業に対する関心が地域社会で高まることにより、地方の民間団体が成長・発展し始めたという。
実際に地方自治体の対北協力事業は、北の指導部に“現金”を支援する方式ではなく北の住民の生活に実質的に役立つ“農村現代化”、例えば黒豚飼育協力、果樹園造成、鱒養殖場建設等を通して、魚を与えるのでなく魚を捕まえる方法を教える役割をした。 その上、南北協力の領域を多様な分野に拡大するのに自治体が大きく寄与した。 “ウリ(私たちの)民族相互助け合い運動”のホン・サンヨン事業局長によれば、例えば江原道(カンウォンド)は安辺(アンビョン)サケ孵化場建設と元山(ウォンサン)農林技術講習所建設を支援して南北アイスホッケー親善競技を開くなど水産業・農業・文化交流などを推進した。 また、京畿道(キョンギド)の場合、北朝鮮協同農場で稲作およびハウス野菜の農業技術を支援し、小学校・幼稚園・託児所などを総合的に支援する農村現代化事業を推進した。このほか釜山市(プサン)の抗生剤工場支援、仁川市(インチョン)のサッカー競技場改補修支援など、分野は実に多様であり、これらを南北協力事業の対象として作っていったという。
このような交流協力で、北の住民が韓国に肯定的なマインドを持つようになるのは当然だというのがウォン議員の見解だ。 それだけではなく南の住民の北に対する認識をも変えた。 ホン事業局長は自治体の対北支援事業は地方の民間団体と一体になっており、これらの団体の成長・発展に大きく寄与したということを強調した。 地方民間団体は資源調達能力において限界が明らかであって自治体が乗り出さない限り独自の対北支援事業推進は相当困難なため、地方自治体と一緒に動くというわけだ。このように地方自治体の対北事業に参加することで地方の民間団体が成長・発展し始め、これがまた地方自治体の南北協力事業に対する支持世論の形成に肯定的な影響を及ぼし上昇作用をした。合わせて自治体レベルの南北協力は統一問題を中央政府レベルの遠いこととして認識していた地域社会に具体的な参加の契機を提供し、地方レベルでの統一対応力量の構築に寄与してきたという。
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地方自治体事業の実態
南北交流の第一歩を踏み出した12年前に後退
今年12億ウォン執行のみ
文化・農業に偏重
1999年に始まった地方自治体レベルの南北交流協力事業は、この12年間、中央政府・民間団体とともに南北交流協力の重要な一つの軸を担当してきた。 しかしイ・ミョンバク政府になり南北関係の悪化は、例外なくすべての領域に影響を及ぼした。 現在地方自治体の交流協力は、草創期より低い水準に退行した状態だ。
民主党ウォン・ヘヨン議員室が統一部に要請して受け取った地方自治体の交流協力現況を分析した資料を見れば、2000年に16の地方自治体の南北交流協力は17億ウォン規模であった。第1次南北首脳会談以後これは着実に増え、ノ・ムヒョン政府を経て2007年には157億ウォン水準になった。 わずか7年間に9倍も増加したのだ。
チン・ヒグァン教授(仁済(インジェ)大学統一学部)によれば、地方自治体の交流協力事業は大部分が支援事業あるいは社会・文化交流事業の性格を帯びている。 また、農業分野と関連した事業比率が高い。 これは農業分野に対する北側の高い関心を反映したものともいえようが、地方自治体の対北支援が緊急救護性支援から持続的な開発協力支援に変わり、食糧支援の人道的側面を考慮して農業分野に集中したためとも見ることができよう。
ただし地方自治体の事業もやはり、地域的に平壌(ピョンヤン)とその近隣に集中していることが明らかになり、問題点として指摘されている。 これは北側の政策的ガイドラインを越えることが出来ないためであるが、慈江道(チャガンド)・両江道(ヤンガンド)・咸鏡道(ハムギョンド)など北朝鮮東北部地域との交流に対する南側の関心不足も一つの原因であり得るとチン教授は分析した。
原文: https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/497041.html 訳A.K