ネパールの大洪水で甚大な被害が出たことを受け、中国がヒマラヤの東で建設中の世界最大規模のヤルンツァンポ川(中国名:雅魯蔵布江)下流の水力発電事業も注目される。専門家は、同地域の大規模ダム建設事業が自然災害に対するぜい弱性を高めることを懸念している。
中国は昨年7月、チベット自治区ニンティで総投資額1兆2000億元(約28兆6000億円)規模の水力発電事業を着工。ヤルンツァンポ川の50キロにわたる区間でダムと5つの階段式発電所を建設し、2000メートルの落差を利用して年間3000億キロワット時にのぼる電力を生産する計画だ。発電容量は現在の世界最大の湖北省の三峡ダム(882億キロワット時)の3倍以上になる見込み。ヤルンツァンポ川は中国からインド、ブータン、バングラデシュへとつながる。
ヤルンツァンポ川の下流は、大洪水の被害にあった吉隆と同様、地殻活動が活発なヒマラヤ高山帯の複合災害リスクにさらされている。中国の研究陣は、ヤルンツァンポ川下流で強い断層活動と氷河・凍土の退化が重なり、土砂崩れや崩壊、土石流が連鎖的に発生する恐れがあると指摘する。今年6月に中国の地質学の学術誌に掲載された研究も、事業地の下にある活断層がインフラの安定性に影響を及ぼす恐れがあるとして、補強を求めている。
専門家は、大洪水を機にヤルンツァンポ事業の地震・土砂災害リスクを指摘している。落差を利用するためには川をトンネルで迂回(うかい)させる必要があり、その過程で膨大な量の土砂や岩石が生じ、地震や土砂崩れの危険性が高まる可能性があるというのだ。インド科学アカデミーの氷河の専門家、アニル・クルカルニ氏はフィナンシャル・タイムズに「ヒマラヤで水力発電ダムの建設・開発が増えるつれ、地域諸国の氷河崩壊に対するぜい弱性が高まっている」と語った。ストックホルム南アジア・インド太平洋問題センターの長を務めるジャガンナート・パンダ氏も、ヤルンツァンポダム事業は「容量と規模のいずれの面でもより大きな地震のリスクを高める可能性があり、潜在的に土砂崩れの発生リスクを高める恐れがある」と指摘した。同氏は「中国がヒマラヤ周辺諸国、特にインドやネパールなどと対話し、慎重に再検討すべき事業の一つ」だと述べた。
中国国家エネルギー局は今回の惨事が起こる前の先月11日に、ヤルンツァンポ事業の「全過程の安全管理」を強化するほか、「極限環境重大工程」のリスク評価、総合監視・警報システムを構築すると発表している。大洪水発生翌日の27日には、ニンティ市長代行が事業地のメトク(墨脱)県の土石流防災工事の現場を訪れ、地質災害の監視と情報共有の強化を要請している。
今回の惨事の後、中国とネパールの間では越境災害の情報共有が主要な議題となっている。中国の王毅外相は29日、ネパールのシシル・カナル外相と電話で会談し、中国の災害地域の映像、衛星や水門のデータ、上流の天然ダムの警戒情報をネパールと共有したと明らかにした。カナル外相も、両国が災害対応とリアルタイムの水門データの共有を強化することで合意したことを公表した。ネパールは今年5月に中国に対し、氷河の動き、河川の水位、土砂崩れなどについての情報提供の拡大を求めており、今後は10分間隔の水門データ提供を定めた協定の締結を推進する方針だ。