12・3内乱の主犯である尹錫悦(ユン・ソクヨル)前大統領に無期懲役が宣告された。裁判所は、尹前大統領が非常戒厳を宣布した後、戒厳解除の議決などを阻止するために国会に軍を投入したことは内乱に当たると判決を下した。これにより、2024年12月3日に市民によって内乱が阻止されてから444日目に、尹錫悦らに対する司法的な断罪が下された。しかし、一審は「非常戒厳の宣布自体は大統領の固有の権限であり、司法の審査対象にはならない」「長期政権をとろうとしたとの目的は認められない」など、理解しがたい主張を展開した。
ソウル中央地裁刑事合議25部(チ・グィヨン裁判長)は19日、内乱首謀の容疑で拘束起訴された尹前大統領に無期懲役を、内乱における重要任務に従事した容疑で起訴されたキム・ヨンヒョン前国防部長官ら共犯には、加担の程度に応じて懲役30年から無罪までを言い渡した。裁判部は、先のハン・ドクス、イ・サンミン両被告に対する別の裁判部の判断にしたがい、非常戒厳の宣布にともなう一連の行為を内乱と判断した。国会に軍と警察を投入し、人の出入りを阻止し、ウ・ウォンシク国会議長や与野党の代表らを逮捕しようとしたことは、憲法機関である国会の機能を相当期間麻痺(まひ)させることを目的としたものであり、刑法91条の「国憲びん乱目的の暴動」に該当するというものだ。
しかし、チ・グィヨン裁判長は「大統領の非常戒厳の宣布自体は内乱罪には該当せず、司法審査の対象にはならない」とする理解できない論理を展開した。「戦時・事変または国家非常事態」という非常戒厳の要件を判断するのは困難であり、「大統領の判断を尊重しなければならない」とするのは理解しがたい主張だ。これは、過去の全斗煥(チョン・ドゥファン)、盧泰愚(ノ・テウ)両元大統領に関する最高裁の判例に反するものだ。1997年に最高裁全員合議体は、12・12軍事反乱(粛軍クーデター)に対する裁判で「非常戒厳宣布や拡大が国憲びん乱の目的を達成するために行なわれた場合には、最高裁が審査することができる」とする判決を下した。また、2010年の朴正煕(パク・チョンヒ)政権下における緊急措置違反事件の再審でも、最高裁は「いかなる国家行為および国家作用も、憲法と法律に基づいて行われることを要求しており、合憲性と合法性の判断は、本質的には司法の権能に属する」との判決を下した。しかし、チ裁判官は、尹錫悦が「非常戒厳宣布でも不可能な権限行使」、すなわち国会に軍を投入した行為だけを問題視し、内乱罪を認めた。また、尹錫悦が長期政権掌握を目的に、2023年10月より前から戒厳を準備していたとする公訴事実も認めなかった。尹錫悦が国会の機能を相当期間麻痺させた目的が長期政権掌握ではないとするのであれば、いったい何の理由でそのようなことをしたというのか。裁判部が内乱行為を最大限縮小しようとしている意図が感じられる。
チ裁判官はこれに先立ち、拘束期間を問題視し、尹錫悦の拘束の取消決定を下したことがある。名目上は拘束期限の満了だったが、実際には、高位公職者犯罪捜査処(公捜処)の捜査権を問題視したものだ。しかし、この日の判決では、公捜処にも内乱に関する捜査権があることを認めた。法理を十分に検討せず、別の理由で尹錫悦を釈放したと疑わざるを得ない。今回の判決は、先のハン・ドクス前首相に重刑を宣告したイ・ジングァン裁判長によって一時的にでも慰めを感じていた韓国国民に、司法府の内乱断罪の意思を再び疑わせるものだ。
12・3内乱の夜、国会に駆け付けた市民と広場で尹錫悦弾劾を叫んだ国民は、自らが歴史の主人公である事実を示した。過去30年以上にわたり軍事独裁に苦しめられながらも、多くの市民が独裁と対峙して戦った結果、成功したクーデターも断罪する歴史を作った。今回も歴史は市民の力で作っていくという事実を立証した。世界政治学会(IPA)が先月、韓国の「市民全体」(Citizen Collective)をノーベル平和賞の候補に推薦したのも、これを高く評価したものだ。憲法的な危機を非暴力的な市民の参加で克服した世界的な模範事例になった。司法府はこのような市民の水準には到底及ばない様相を示している。控訴審ではいっそうの厳正な判決を期待する。