2024年12月3日の夜、突然の戒厳令宣布のニュースを見て、国会に駆けつけた。逮捕状の執行を拒否する大統領官邸の前で、アルミブランケットをかぶって吹雪を凌ぎ、週末にはペンライトを持って広場に出て歌を歌いながら訴えた。その夜に起きた事態が「違法な内乱」であることを一瞬たりとも疑ったことはないが、支持者たちの過激な主張と裁判に臨む司法の態度に常に不安を感じていた。そのような444日を過ごし、尹錫悦(ユン・ソクヨル)前大統領の「無期懲役」判決を聞いた市民たちは19日、ハンギョレに「それだけでも安心できる」と語った。裁判所が示した「酌量」の理由に納得できないとして、より重い処罰を求める声も少なくなかった。
大学生のムン・ジヨンさん(24)さんは、尹前大統領の一審判決を見て、国会に向かった「内乱の夜」を思い浮かべたという。ムンさんは「『戒厳なんてありえない。(この目で)見ておかねば』という考えから、国会に駆け付け、証拠を残すために手当たり次第に写真や動画を撮った」と語った。ムンさんにとって尹前大統領の刑期よりも重要なのは「その夜」に関する司法の判断だ。尹前大統領に対し、裁判所は「国憲を乱す目的の内乱罪が成立する」と述べた。ムンさんは「結果にこだわるよりは、『戒厳は内乱』と確認したところに注目したい。依然として内乱を否定する人たちがいる中で、法律に基づいて何度も内乱であることが証明されたという事実がより重要だと思う」と話した。これに先立ち、裁判所はハン・ドクス前首相とイ・サンミン前行政安全部長官の判決でも一貫して12・3非常戒厳を「内乱」と判断した。
昨年1月、逮捕状の執行を拒否する尹前大統領の官邸前に陣取った「キスチョコ団」(彼らが寒さを凌ぐためアルミブランケットをかぶった姿がキスチョコに似ていることから生まれた言葉)のムン・ジヒョン(27)さんも、裁判所が内乱を認めたのを見て「寒空の中、みんなで夜を明かした私たちの行動が当然の結果に力を添えたようで、幸いだと思う」と語った。ただし、判決の教訓が「尹錫悦」にとどまってはならないと強調した。ムンさんは「戒厳を内乱と認めた判決がすべての権力者の戒めになってほしい」と話した。
判決内容に対する失望の声も少なくなかった。12・3内乱以降、毎週末広場に出て「声を枯らして叫んだ」という自営業者のキム・ヒョンギョンさん(52)は、「今回の判決は内乱・親衛クーデターのために二度と戒厳を使えないように釘を刺すものであるべきだったが、それに相応しい処罰なのかについては疑問がある」とし、「(戒厳実施が)おろそかだったとか、初犯、高齢といった点が(尹前大統領の量刑理由として)情状酌量されたことは納得できない」と語った。
一審判決が市民の苦しみを十分反映していないというもどかしさも伝えられた。内乱事態以降、ソウルと釜山(プサン)を行き来しながらペンライト集会に参加していたムン・ガビンさん(20)は「裁判官が(判決過程で)警察や軍人の苦痛を強調し、市民が強いられた恐怖と苦しみを縮小したようで、残念だ」と語った。一審裁判部は内乱事態に関与した公職者の被害を具体的に強調したが、当時市民が感じた恐怖や不安についてはあまり言及しなかった。内乱事態当日、国会に駆け付けたチェ・ボグンさん(23)は「その日国会に行った人々について、裁判所がどれだけ思いをはせたのかわからない。銃弾が自分に飛んできてもおかしくない状況だった」とし、「人命被害がなかったから幸いだが、(人命被害を出す)意志がなかったわけではなかった」と批判した。
この日の午後、ソウルの瑞草区にある裁判所総合庁舎周辺に集まった尹前大統領の支持者2000人余りは、無期懲役の宣告に対する過激な「否定」を続けた。「暴動が本当に起こらなければならない」と叫ぶ一方、放送カメラや街路樹を太極旗や星条旗の旗で叩きつけたりもした。元韓国史講師のユーチューバー、チョン・ハンギル氏は集会のステージに上がり、「政治的な裁判だ。容認できない」と述べた。
市民たちは判決後も残された課題を忘れていなかった。ムン・ジヨンさんは「有罪判決も受け入れようとしない(尹前大統領)支持勢力とどう向き合うべきなのか、ずっと悩んでいる」と語った。大学生のシム・ギュウォンさん(25)は「444日間の主要課題であった『内乱清算』の第1段階が少し片付いた。これからは本当に社会大改革に取り組まなければならない」と話した。