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第1次トランプ政権期、米海軍特殊部隊が北朝鮮に潜入工作…冷たい海水で失敗

登録:2025-09-06 09:20 修正:2025-09-06 12:27
第1次ドナルド・トランプ政権期に北朝鮮潜入工作を行う際に使用された小型潜水艇を用いて米海軍隊員が2007年に訓練する様子=米海軍提供//ハンギョレ新聞社

 第1次ドナルド・トランプ政権時代、トランプ大統領(当時)と金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の首脳会談の最中、北朝鮮に特殊部隊を潜入させ、民間人を殺害して撤収した事件が5日付のニューヨーク・タイムズに暴露されたことによって、波紋が広がっている。

 現在は北朝鮮との対話や接触は中断状態にあるが、この事件が同紙の報道どおりであることが確認されれば、トランプ現政権と北朝鮮指導部はいずれも困難な状況に直面することになる。この事件の背景と顛末(てんまつ)を、ニューヨーク・タイムズの報道をもとに再構成する。

■トランプ政権はなぜ北朝鮮に特殊部隊を派遣したのか

 トランプ政権が2017年に発足してから、米国と北朝鮮は危険な言葉を投げ合い、緊張が高まった。トランプ大統領は北朝鮮に核の脅しを加え、北朝鮮もグアム基地の近くに核ミサイルを発射すると応酬した。トランプ大統領が金正恩国務委員長を「リトル・ロケットマン」と嘲笑すると、北朝鮮はトランプ大統領を「老いぼれの狂人」とののしった。

 その後、米国と北朝鮮は、平昌(ピョンチャン)冬季五輪をきっかけに、当時の韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権の仲裁によって関係を改善し、対話に入った。トランプ政権は発足以降、北朝鮮の指導者である金正恩委員長が何を考えているかを把握することが急務だった。2018年に入って北朝鮮との関係が改善されると、その必要性はさらに増した。

 このような不確実性のもと、米情報機関はホワイトハウスに、北朝鮮に関する情報把握の問題点は改善できるという提案をした。金正恩国務委員長の通信を盗聴できる新たに開発された電子装置があると報告した。問題は、その装置を秘密裏に搬入して設置する必要があるということだった。

■どのようにして準備されたのか

 金正恩委員長の通信を盗聴可能な電子装置を北朝鮮に設置する任務は、米海軍の最精鋭特殊部隊である「シールズ(SEALS)」の第6チーム「レッド・スクアドロン」に与えられた。このチームは2011年5月、パキスタンのアボッターバードに隠れ住んでいた9・11テロの主謀者であるオサマ・ビン・ラディンを除去する「ネプチューン・スピア作戦」を遂行したチームだった。

 米軍の最精鋭特殊部隊にとっても、この任務はきわめて困難だった。シールズの隊員は、アフガニスタンやイラクなどの過酷な地での特殊作戦に投入されてきたが、寒い冬の海で数時間耐え、地上では北朝鮮軍を回避し、高度な技術が必要な装置を設置し、発見されることなく離脱しなければならなかった。何より、発覚してはならなかった。

 第1次トランプ政権期の米国防総省の指導者らは、北朝鮮との緊張のため、北朝鮮に対する小規模な軍事行動でさえ破局的な報復を引き起こす恐れがあると懸念した。北朝鮮が長射程砲を含む8000問の大砲とロケットで韓国に駐留している2万8000人の米軍に報復し、さらには、米国に到達可能な核ミサイルを発射する可能性があると考えていた。

 しかし、シールズ部隊はその作戦を達成することができると信じていた。2005年にシールズは、小型潜水艇を利用して北朝鮮の海岸に潜入し、発見されることなく帰還した経験があった。ジョージ・ブッシュ政権期の2005年の作戦も、まったく外部に公開されなかった秘密作戦だった。シールズは、そのような作戦を再度実行することを提案した。

 2018年秋に米国と北朝鮮との間で高官級の接触が進められているとき、第6チームを監督する統合特殊作戦司令部は、トランプ大統領から作戦準備の開始の承認を得た。トランプ大統領の意図が交渉中に優位性を得るためだったのか、あるいはもっと大きな目的があったのかについては不透明だった。

 海軍は、原子力潜水艦で北朝鮮に接近した後、北朝鮮の海域外で2隻の小型潜水艇にシールズの隊員を搭乗させ、ひそかに北朝鮮の海岸に潜入する作戦計画を立てた。小型潜水艇の大きさは、シャチ程度だった。

 隊員が乗った小型潜水艇は、船体が外に露出している潜水艇だ。隊員は完全に水中にもぐった状態で移動しなければならない構造だ。隊員は当時、摂氏4度の冷たい海水の中で約2時間移動しなければならなかった。生存のためにスキューバ装備と加熱式潜水服を着用した。低体温症と体力枯渇を防ぐために必須の装備だった。

 北朝鮮の海岸近くに潜入した隊員は、潜水艇から下船し、8人の隊員が泳いで目標に接近した。それから装置を設置して、海に戻るというものだった。

 しかし、決定的な制約があった。ほとんど周囲を識別できない状態で作戦を進めなければならないということだった。特殊部隊員は通常、作戦時にはドローンの支援を得て、目標についての高解像度の映像を提供される。また、ドローンを通じて敵の通信も盗聴できる。

 しかし、北朝鮮ではどんなドローンでも探知されるため、使用できなかった。この任務は軌道上の衛星や遠く離れた偵察機に依存しなければならなかった。これは、周囲の状況に対するリアルタイムでの探知ではなく、数分遅れで情報を得ることを意味する。あらゆることを暗黒状態で進めなければならない作戦だった。

 シールズ第6チームは、米国の海域で数カ月間訓練を行い、2019年に入ってからも何週間にもわたり訓練を続けた。2月に入ると、トランプ大統領がハノイで金正恩委員長に会うことを発表した。シールズ第6チームは、海軍の精鋭潜水チームである「シールズ輸送潜水艇チーム1」の助けを得た。このチームは数年間にわたり小型潜水艇による諜報活動に携わっていた。

 隊員たちは原子力潜水艦に搭乗し、北朝鮮に向かった。潜水艦が公海に到着し、通信断絶状態になる直前、トランプ大統領が最終許可を下した。

■作戦はどのように進められたか

 潜水艦が北朝鮮に接近すると、2隻の潜水艇を展開させた。潜水艇は海岸から約90メートルまで移動した。非常に浅い水深だった。作戦立案者はリアルタイムでの通信がないことを補うために、数カ月にわたりこの海岸近辺を偵察していた。漁船の出没や漁師がいつ動くかを確認していたのだ。これを総合した情報評価の結果、隊員が冬の真夜中に秘密裏に潜入すれば、誰とも遭遇することはないと提案された。

 計画どおり、その日の夜は静かだったし、海は穏やかで人影もなかった。潜水艇1隻は予定の地点に到着した。しかし、2隻目の潜水艇は、予定地点を通過してしまい、引き返すことになった。作戦では潜水艇を並べて停泊する必要があったが、2隻目の潜水艇が通過して戻ってきたため、2隻の潜水艇は反対方向に停泊した。時間が限られていたため、停泊問題は後で直すことにした。

 隊員たちが泳いで海岸に接近している最中に2つ目の致命的な失敗が発生した。暗闇に浮かぶ北朝鮮の漁船を発見できなかったのだ。隊員たちが装着していた夜間暗視ゴーグルは、熱検知機能を備えていたが、北朝鮮の漁船の漁師らが着ていた潜水服は冷たい海水にぬれていたため、検知が難しかったのだ。

 海岸に投入された隊員たちにとって、目標地点は数百メートル先だった。隊員たちが目標に接近するまでの間、潜水艇の操縦士は誤って停泊した潜水艇を整列しなおすために電気モーターを作動させた。操縦席の扉を開けて視界を確保し、隊員間の意思疎通も可能にする必要があったが、その過程で光が外部で漏れる可能性があった。

 電気モーターの水流と開いていた操縦席からもれた光が、近くにいた北朝鮮漁船の乗務員の視界にとらえられた。北朝鮮漁船はフラッシュライトを照らし、小型潜水艇側に接近した。これを見たシールズの隊員たちは、作戦が発覚したと判断し、銃撃を開始した。

 当時、潜水艇の操縦士は事後報告で、当時の視野角度から言えば北朝鮮の漁船は安全距離の外側におり、潜水艇が発覚したかについては疑問だと証言した。しかし、海岸にいたシールズの隊員たちはそうは考えなかった。暗闇の中で見ていた彼らは、北朝鮮の漁船が潜水艇の上にいるように感じられた。

 通信が途絶えた状態で、隊員たちは暗闇のなかで北朝鮮漁船がフラッシュライトを照らし周辺を見回す場面を目撃し、作戦が発覚したという極度の緊張感に襲われた。隊員はその船が自分たちを探している哨戒艇なのか、単なる貝採り漁船なのか判断できなかった。

 北朝鮮の漁船にいた1人が海に飛び込んだ。海岸にいた潜入隊員たちは、重大な決定を下さなければならなかった。先頭の隊員が先導した。彼は無言で銃を取り発砲した。他の隊員も本能的にそれに続いた。

 作戦では、誰かに遭遇した場合ただちに廃棄(殺害)するよう隊員に要求していた。装置を設置する時間もなかった。隊員は泳いでその船に乗り込み、北朝鮮漁船の漁師全員が死亡したことを確認した。彼らは銃も持っておらず、軍服も着ていなかった。彼らは貝を採ろうとしていた民間人だった。海に飛び込んだ者を含み、全員が死亡した。

 隊員らは遺体を海から引き揚げた後、北朝鮮当局に発覚しないように隠した。隊員らは漁師らの肺に刃物で穴をあけ、死体が沈むようにした。そして潜水艇に復帰し、遭難信号を発信した。隊員が危険に直面したと判断した指揮部は、原子力潜水艦を可能な限り接近させた。隊員は原子力潜水艦に無事に帰還した。

■作戦失敗後

 作戦が破綻した後、米国の偵察衛星はその地域で北朝鮮軍の動きが活発化していることを把握した。北朝鮮はこの死亡事件についての公式発表をしなかった。米国の当局者たちは、北朝鮮がこの事件の真相と誰の責任かを把握したかどうかは不確かだと述べた。

 その後、ベトナムのハノイでトランプ大統領と金正恩委員長の会談が開かれた。しかし、会談は合意に至らなかった。5月に入ると北朝鮮はミサイル試射を再開した。トランプ大統領と金正恩委員長は6月に板門店で再会した。トランプ大統領は北朝鮮側の区域まで歩いていった。しかし、2人のやり取りは握手だけで終わった。

 数カ月後、北朝鮮はさらに多くのミサイルを発射し、米国本土に到達可能なミサイルも発射した。その後、北朝鮮は50発の核弾頭を蓄積し、40発の核弾頭を生産可能な核物質を蓄えた。

 この事件はトランプ政権下では秘密が維持され続け、議会にも報告されなかった。バイデン政権発足後、北朝鮮に対するこの秘密作戦はようやく検証を受けた。ロイド・オースティン国防長官は独立調査を命令した。2021年にバイデン政権は議会の主要議員にこれを報告した。その報告内容は現時点でも機密扱いが続いている。

 ニューヨーク・タイムズが5日付でこの事件を報道した後、トランプ府大統領はこれについて記者からの質問に「私は何も知らない」とし、「初めて聞く話」だと述べた。

 国防総省はこの記事に関する記者の質問に直ちには答えていない。上院情報委の民主党幹事であるマーク・ウォーナー議員はニューヨーク・タイムズの報道に対して、確認も否認もできないが「議会が適切な監督をする必要があるならば、今がその時だ」と述べた。

チョン・ウィギル先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/1217257.html韓国語原文入力:2025-09-05 23:51
訳M.S

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