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[ニュース分析]近ごろの韓国政治と総選挙の観戦法:尹錫悦とイ代表の「敵対的共生」

登録:2024-03-24 23:35 修正:2024-05-20 11:28
グラフィック=パク・ミンジ//ハンギョレ新聞社

 「ダイナミックコリア」における政治の最も重要な動力は、もしかしたら客のミス(相手の失敗)による反射利益なのかもしれません。

 2022年3月9日の大統領選挙と6月1日の地方選挙および再補欠選挙で相次いで敗北した最大野党「共に民主党」は、お先真っ暗でした。イ・ジェミョン代表の民主党が2024年4月10日の第22代国会議員選挙(総選挙)で勝利する可能性は希薄にみえました。イ代表を危機から救ってくれたのは、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領でした。2023年10月11日のソウル江西区(カンソグ)区長補欠選挙を前にして、尹大統領はキム・テウ前江西区長を赦免し、復権させて公認候補にしました。

 民意は政権の傲慢と非常識を戒めました。民主党のチン・ギョフン候補が与党「国民の力」のキム・テウ候補を56.52%対39.37%で破りました。総選挙で勝てるという希望の火種が民主党の中でともりました。政権審判論が力を得はじめたのです。

「親イ・ジェミョン体制」構築のために不公正な予備選挙まで

 イ代表の危機からの脱出は尹大統領の危機を意味しました。尹大統領は劇薬処方をしました。「現在の権力」である自身の地位が削がれる危険を冒して、「未来の権力」であるハン・ドンフン法務部長官を国民の力の非常対策委員長にしました。この手は効きました。ハン委員長は国民の力の支持層を結集しました。キム・ゴンヒ女史ブランドバッグ事件を適切に批判するという「技術」も発揮しました。

 そのような中、今度はイ代表が尹大統領を助けました。イ代表は今回の総選挙を通じて民主党議員を自分に近い人物で埋めたがっていました。現役議員に対する評価で下位10%への減点を30%に拡大しました。イム・ヒョクベク公認管理委員長、アン・ギュベク戦略公認管理委員長、チョ・ジョンシク事務総長、キム・ビョンギ首席事務副総長で「親政体制」を整えました。

 2月6日のイム公認委員長による「尹錫悦政権誕生に寄与した人々の責任ある姿勢」発言を皮切りに、候補公認をめぐる対立が浮き彫りになりました。国会本会議の表決でイ代表の逮捕同意案に賛成したと疑われてきた議員たちが、現役議員の評価で下位10%や20%に含まれていたことが続々と明らかになりました。2月19日のキム・ヨンジュ国会副議長の離党を合図に「公認騒動」がはじまりました。公認審査と予備選挙を通じてイム・ジョンソク、ホン・ヨンピョ、パク・クァンオン、シン・ドングンら数多くの非イ・ジェミョン系の政治家が脱落してゆきました。

 誰が見ても「非ミョンが損をし親ミョンが得する」ものでした。公認騒動の「頂点」は今月19日のソウル江北乙(カンブク・ウル)のパク・ヨンジン議員とチョ・スジン弁護士との予備選挙でした。不公正な予備選挙でした。にもかかわらずイ代表は、両候補の得票率を自ら紹介しつつ、「もうこの話はここで終わらせよう」と「確認射殺」までしています。結局、チョ弁護士が候補登録日に辞退するという事故が起きています。

相手が苦しんでいる時にいつも事故が

 民主党の公認騒動が1カ月以上続いている間に、民意はイ代表と民主党に背を向けました。民主党の首都圏選出議員は「このままでは120席にとどまることになる」と悲鳴を上げました。

尹錫悦大統領が18日、ソウル中区の新羅ホテルで開かれた第3回民主主義のためのサミット閣僚会合の開会式で、歓迎の辞を述べている/聯合ニュース

 しかしイ代表には尹大統領という「隠れた救世主」がいました。尹大統領は「海兵隊員C上等兵捜査外圧疑惑」事件の最重要被疑者であるイ・ジョンソプ前国防部長官を、3月初めに突如として駐オーストラリア大使に任命しました。イ大使は高位公職者犯罪捜査処によって出国が禁止されていました。法務部は慌てて出国禁止を解除しました。「ラン・ジョンソプ」、「逃走大使」との批判が殺到しました。

 ちょうど大統領室のファン・サンム市民社会首席による「刺身包丁襲撃」発言事件も起きていました。尹大統領は、イ大使の帰国とファン首席の辞任というハン委員長の2つの要求を受け入れませんでした。「イ・ジョンソプ・リスク」と「ファン・サンム・リスク」はあっという間に「尹錫悦リスク」へと、「与党全体の総選挙リスク」へと拡大しました。そのうえ国民の力の衛星政党である国民の未来の比例代表候補問題まで勃発したことで、尹大統領とハン委員長の「激闘」が展開されました。朝鮮日報は気が気でなかったのか、この問題を連日1面トップ記事で取り上げました。

 「総選挙を3週間後に控え、尹・ハン第2次対立」(3月19日付1面)

 「ハン、『敗北すれば尹政権の意志展開できずに終わる』」(3月20日付1面)

 尹大統領が意地を張っている数日の間に、国民の力からは多くの票が逃げてゆきました。キム・ウンヘ元広報首席、イ・ヨン元随行室長ら最側近の訴えが相次ぐと、尹大統領はようやくイ大使を帰国させ、ファン首席を辞任させました。食らうべき批判はすべて食らってからです。

 「イ・ジェミョン代表を救助」するにはその程度では足りないと思ったのか、尹大統領は今月18日、ソウルのハナロマート良才(ヤンジェ)店で「私もよく巷で買い物をするので、長ネギ875ウォンなら合理的な価格だと思う」と述べ、庶民や農民を傷つけました。

 イ代表は2日後の20日、仁川市弥鄒忽区(インチョンシ・ミチュホルグ)の土地金庫市場で、「850ウォンの(長ネギを)見たか。これは5千ウォンだ。政府が国民生活に関心がないからだ」と尹大統領を直撃しました。二人は息がぴったり合うようです。

 4月10日の投票日まではまだかなり時間があります。今後も尹大統領とイ代表が互いを危機から救うという逆説的な場面が、もう何度か見られると思います。両者のこのような関係をどう説明すればよいのか、本当に困っています。「敵対的共生」という表現がそれなりに最も適しているように思います。し烈な戦いを繰り広げつつ、その力をもって共に生きていくという意味においてです。なぜでしょうか。尹大統領とイ代表の敵対的共生はどうして可能なのでしょうか。

共に民主党のイ・ジェミョン代表が21日、光州の全南大学裏門の商店街密集地域を訪問し、街頭であいさつして回っている途中、凶器で刺された傷を支持者に見せている/聯合ニュース

「感情的内戦」をあおる人々

 「政治の両極化」で多くの部分が説明できます。政治の両極化は21世紀の情報化革命とモバイル革命を機として、米国と欧州ではじまりました。2016年のドナルド・トランプ大統領の当選、英国のブレグジット(EU離脱)は政治の両極化の副産物です。いま米国で繰り広げられているトランプとジョー・バイデンの「リターンマッチ」も、その延長線上にあります。

 政治の両極化が深刻な状況においては、既存の政治の文法はすべて崩壊します。「党内予備選挙では固定支持層に訴えないと候補になれず、選挙本番では中道層の支持を集めないと当選できない」などの古典的な選挙戦術のようなものが、です。政治の両極化という状況における選挙の目標とは、国民の代表の選出ではなく、相手を蹴落として味方を当選させることです。両陣営の「スピンドクター」たちは、相手方の候補と陣営を悪魔化し、味方の支持者の怒りと憎悪をあおることで投票所に引っ張ってくる「嫌悪の政治」を、選挙戦術の基本とすることになります。

 韓国の2022年の大統領選挙がまさにそうでした。民主党と国民の力がそれぞれ大統領候補を選ぶ予備選挙からして、「嫌悪の政治」の強い磁場の中で行われました。両党の党員や支持者は、自分の党の予備選挙候補の中の「大統領に最もふさわしい人」ではなく、「相手候補を最も確実に倒せる人」を候補に選びました。それがイ・ジェミョン候補、尹錫悦候補でした。両陣営の代表的な「悪役」が両党の大統領候補となったのです。

 投票日が近づくにつれ、両党の支持者の相手候補に対する嫌悪感は史上最高潮に達しました。2022年2月の韓国ギャラップの調査では、双方の支持者の95%ほどが相手候補に対して「好感が持てない」と答えています。多くの有権者が「イ・ジェミョンが大統領になるのを見たくないから」尹候補を選びました。「尹錫悦が大統領になるのを見たくないから」イ候補に投票しました。

 政治の両極化の最大の悲劇は、有権者が選挙結果を承服しないことです。相手候補を「悪魔」や「絶対悪」だと思っているのに、選挙結果を承服できますか。大統領選挙後、国民の力の支持者たちはイ代表を刑務所送りにすべきだと叫びました。民主党の一部の熱烈な支持者は、政権初期から尹大統領の弾劾を訴えるろうそく集会を行いました。

 政治の両極化の呪いにかかるのは、政治家も同じです。選挙で勝敗は決まっているのに、心からの真の承服はしません。相手を政治のパートナーとして認めることもありません。対話と妥協という政治の基本原理は作動しえません。果ては、政治家たちが相手候補に票を投じた有権者を憎悪することすらあります。しばらく尹大統領の口癖になっていた「既得権カルテル」、「従北主思派(北朝鮮の主体思想を支持し従う人)」などの表現は、偶然出てきたものではありません。尹候補に投票した有権者を「2投(選挙での党番号が2であることから、国民の力に投票した有権者を見下す語)」と表現したイ代表も同じです。

国民の力のハン・ドンフン非常対策委員長が21日、大邱中区の西門市場で市民とあいさつを交わしている=共同取材写真//ハンギョレ新聞社

 4月10日の第22代総選挙を控えて、選挙を指揮するハン委員長とイ代表の口も次第に乱暴になってきています。

 「統合進歩党の末えいと犯罪者の連帯がこの国を掌握するのを阻止しなければならない」(ハン委員長、3月21日に大邱の西門市場で)

 「5・18の歴史そのものを否定して暴徒と罵倒する、そのいかれた集団、反逆の集団を必ず審判してほしい」(イ代表、3月21日に光州の国立5・18民主墓地で)

 2人の表現はあまりに剣呑ではありませんか。最大の心配は総選挙後です。このままでは、選挙結果がどうなろうと負けた側は承服しないという事態が起こりえます。今の準内戦状態、心理的内戦状態が続くかもしれません。国中が真っ二つに割れて2026年6月3日の第9回地方選挙、そして2027年3月3日の第21代大統領選挙に向けて駆け抜けていきそうです。人口消滅、地方消滅、北朝鮮の核問題などの、国の存立と国民の生存を脅かす問題は、一つも解決できないままに。このまま韓国が滅びたらどうしましょう。みなさんはどうお考えですか。

ソン・ハニョン|政治部先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/1133550.html韓国語原文入力:2024-03-24 07:30
訳D.K

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