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先に逝ってしまった一人娘の名前を涙声で呼んでみたが…梨泰院惨事、涙の出棺

登録:2022-11-02 06:35 修正:2022-11-02 06:58
梨泰院事故死亡者の合同焼香所が設けられたソウル龍山区の緑莎坪広場に1日午後、ある市民が書いたカードが菊の花の中に埋められている=ユン・ウンシク先任記者//ハンギョレ新聞社

 1日午前7時50分、京畿道高陽市(コヤンシ)のソウル市立昇華園。「梨泰院(イテウォン)惨事」の犠牲者、Kさん(26)の父親は娘の棺が建物の中に入るのを見て、嗚咽した。姉の遺影を抱えて前を歩いていた妹と、その後ろに続いた母親、故人の親戚や友人など約20人もすすり泣きながら建物の中に足を運んだ。

 梨泰院惨事発生から3日後の同日、犠牲者の出棺が全国の葬儀場で始まった。Kさんの遺族たちは同日午前6時、京畿道富川聖母病院で出棺を終え、昇華院に移動した。午前7時52分、遺族たちは告別場のガラス越しに故人に最後の別れを告げた。白いカーテンがかかると、遺族の泣き声は再び大きくなった。29日午後10時頃「家に帰る」という携帯メールを送ったKさんは3日後の同日午前9時過ぎ、黄金色の風呂敷で包まれた遺骨箱に入れられ、家族の元に帰った。故人の叔父であるKさん(53)は、「まだ若い子どもに先立たれたのに、(親が)まともでいられるわけがない。ちょうど人生が花開き始める歳なのに…」と言葉を詰まらせた。

 約1時間がかかる火葬手続きを待っているKさんの遺族控え室には沈黙とため息、鼻をすする音だけが響いていた。遺族控え室から5メートルほど離れた廊下の椅子では、梨泰院惨事が話題になっていた。黒い喪服を着たある女性は「知人の大学生の息子はその日梨泰院に遊びに行くと言ったそうだ。朝、惨事の知らせを見た知人が、息子が帰ってきたかどうかを確認してみたら、幸い帰ってきて寝ていたそうだ」と話した。喪主の腕章をつけた中年男性はその話を聞いて「弘大のハロウィーン祭りも取り消しになったというが、私はこれまでハロウィーンが何かもよく知らなかった」と語った。

 同日午前11時30分、ソウル東大門区(トンデムング)の三育ソウル病院追悼館では、Lさん(26)の出棺が家族や友人、知人50人余りに見守られて執り行われた。出棺50分前から追悼館を訪れ、Lさんに最後の挨拶をした友人や知人らは、運柩が始まると号泣した。棺が霊柩車に運ばれると、Lさんの両親は先に逝ってしまった一人娘の名前を呼びながら、倒れるように霊柩車に乗り込んだ。

 ソウル鍾路区(チョンノグ)のソウル大学病院の葬儀場でも同日午前8時ごろ、Kさん(24)の出棺が行われた。現場には管内警察20人余りが待機していた。葬儀期間中ずっと葬儀場にいたKさんの友人たちは、残っていた菓子などを片付け、落ち着いてKさんを見送る準備をした。Kさんの霊柩車と見られる黒いリムジンと、Kさんの家族と知人たちが乗ったと見られる白いバスが、順に葬儀場地下駐車場を発った。

 京畿道高陽市(コヤンシ)の東国大学一山病院の葬儀場では同日午後1時30分頃、Lさん(22)の出棺が行われた。埋葬地であるソウル市立昇華院に移動する前、Lさんの両親とみられる2人が抱き合って号泣していた。Lさんの棺を霊柩車に運ぶ間、鳴き声は続いた。

 同じ病院の葬儀場に安置されたCさん(26)の出棺も同日午後に行われた。20~30人の遺族たちは涙まみれの硬い表情で入棺室を出た。彼らのうち1人の男性が突然の別れを受け入れるのがつらすぎたのか、顔が赤くなるほど嗚咽すると、隣にいた女性が腕を伸ばして男性を支える場面もあった。遺族の泣き声が葬儀場地下1階の廊下に響いた。

 中央災害安全対策本部は同日までに梨泰院惨事犠牲者156人のうち67人が出棺を終えたと発表した。

ソ・ヘミ、ナム・ジヒョン、コ・ビョンチャン、キム・ミンジェ記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/1065296.html韓国語原文入:2022-11-0119:43
訳H.J

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