2020年9月に発生した西海(ソヘ)公務員のイ・デジュンさん殺害事件の処理過程を監査してきた監査院が、文在寅(ムン・ジェイン)政権でいわゆる「越北(北朝鮮への亡命)追及」が行われたと断定し、多くの関連者に対し、検察に捜査を要請した。
監査院は13日、文在寅政権当時の西海公務員殺害事件の処理と関連し、国家安保室、国防部、統一部、国家情報院、海洋警察庁など5つの機関に所属する20人に対する捜査を検察に要請した。捜査対象者にはソ・フン前国家安保室長、パク・チウォン前国家情報院長、ソ・ウク前国防部長官など、文在寅政権の中核の安保関係者が含まれているという。職務遺棄、職権乱用、虚偽公文書作成などの疑いが適用された。監査院は西海公務員殺害事件と関連し、文在寅政権の国家安保室の指揮の下、海洋警察庁が証拠を隠蔽し、実験結果を歪曲して、公務員のイ・デジュンさんの越北を断定したと結論付けた。
これに先立ち、監査院が6月16日、国防部と海洋警察が文在寅政権時に発表した内容とは異なり、「越北の意図を認めるほどの証拠を発見できなかった」として捜査の結論を覆した翌日、電撃的に監査に着手したことで標的監査との議論が起こった。さらに監査院内部から監査委員会の議決を行わなかったとの指摘が出て「違法監査」問題にまで広がった。共に民主党は「大統領室にすり寄り、政権に都合のよい結果を作り出した請け負い監査だ」と反発した。
監査院、「組織的越北追及」と「証拠隠蔽」判断
監査院は今回の監査を通じて、文在寅政権が国家安保室の主導でイさんが越北したと断定し、これに沿わない証拠は意図的に排除したと判断した。監査院の監査内容によれば、2020年9月23日午前1時、関係長官会議でイさんが北朝鮮に越北の意思を示したという情報が共有されたという。これを根拠に安保室が「自主越北」を骨子とする総合分析の結果作成を国防部に指示し、この時からイさんの越北が固まったと監査院は明らかにした。この過程で国防部はイさんの越北の根拠として、一人で救命胴衣を着ており▽防犯カメラの死角地帯でスリッパが発見され▽発見当時、小型の浮遊物に寄りかかっていたという点を挙げた。しかし監査院は、当時、海洋警察の調査で救命胴衣の数量に異常がなく▽防犯カメラは故障している上にスリッパの所有者も確認されておらず▽国防部の資料には防犯カメラの死角地帯があるという内容がなく▽漁業指導線で浮遊物として使える物体がなくなっていないと明らかにした。このような事実を、当時国防部と海洋警察が無視したということだ。北朝鮮に対する通信傍受で確認されたイさんの「越北意思表明」について、監査院は「緊急の救護希望、安堵感および安全確保の次元で」行ったものとみなした。
イさんが着ていた救命胴衣に漢字が書かれていたという事実にも監査院は注目した。韓国製の救命胴衣ではない可能性があるが、このような情況を無視したということだ。
2020年9月28日、イさんが着ていた救命胴衣に漢字が書かれているという国防部の資料報告を受けた海洋警察庁長が「私は見なかったことにする」という反応を示したという海洋警察関係者の陳述も、報道資料に明示された。また、国防部が傍受資料を根拠にイさんが越北したという分析結果を出した後、安保室は「自主越北で一貫して対応するよう方針を提示した」と監査院は明らかにした。
イさんが越北した根拠として示された各種の実験も「越北追及」に活用されたと監査院は明らかにした。人体模型であるダミーを利用した4つの機関の漂流予測の結果うち、イさんの移動経路および発見地点の違いを見せた3つの機関の結果を除き、「越北」を後押しできる1つの結果だけを発表したということだ。監査院は、海洋警察が公開した犯罪心理専門家の越北の結論もねつ造されたと判断した。犯罪心理専門家7人にイさんに対する否定的な情報だけを電話で提供し、7人のうち2人からのみ越北の可能性の回答を受けたが、海洋警察が複数の専門家の意見をつぎはぎし「精神的パニック状態で現実逃避のために北朝鮮に渡ったものと判断される」と発表したということだ。「イさんがワタリガニの購入代金を賭博の資金として使い果たした」という個人的な越北動機も確認されていない事実だと監査院は説明した。
また、イさんの越北情報が共有された関係長官会議が開かれた2020年9月23日未明、国防部長官の指示で、MIMS(軍事情報体系)に搭載された軍諜報関連報告書(60件)が削除されたことが調査でわかった。監査院は「MIMS運用を担当していた実務者が、退勤した後に再び早朝に事務所に出てきて削除」したと明らかにした。国防部はまた、「当初、北朝鮮軍がイさんの遺体を焼却したと明らかにしたが、安保室の方針によって不確実だとか追加の調査が必要だと答えるなど、公式の立場を変更したと明らかにした。
監査院「危機管理のコントロールタワー作動せず」
監査院は「国家安保室の国家危機管理のコントロールタワーが作動しなかった」として、事件初期から初動対処に問題が多かったと明らかにした。
2020年9月22日午後7時18分頃、安保室は北朝鮮海域でイさんが発見されたという事実を国防部から伝えられたにもかかわらず、主管省庁である統一部は省き、海洋警察などに状況を伝え、対応の方向性を決定するための「最初状況評価会議」も開かなかったということだ。監査院はまた、「9月22日午後6時36分ごろ、安保室は大統領府の内部報告網を通じて当時まで把握された状況などを作成した報告書を大統領に書面で伝えた後、まだ状況が終了していないのに安保室長など主要幹部は午後7時30分頃に退勤」したと明らかにした。国防部は、北朝鮮にイさんが抑留された場合に備えて軍事作戦を検討しなければならなかったが、「統一部が主管しなければならない状況なので、対応することはない」と判断したという。海洋警察は安保室・国情院からイさん発見の情況を伝達されたが、安保室が「情報は保安事項だ」と言うと捜索に必要な追加情報をそれ以上確認せず、救助を実施しなかったというのが監査院の調査結果だ。イさんの失踪が確認された当日、統一部の担当課長は「長官の晩餐スケジュールがあったので報告しなかった」「次官と通話できなかった」と監査院で陳述し、その日の午後10時30分に退勤したという。
監査院の今回の発表に、文在寅前大統領は2、3回登場する。2020年9月23日未明、イさん殺害の事実が捉えられたが、その日朝に文大統領に報告した「国家安保日々状況報告書」にはイさん殺害と焼却の事実が含まれていなかったという。続いて文大統領は2020年9月27日、関係長官会議で「国防部の遺体焼却発表があまりにも断定的であり、遺体焼却と関連して国防部長官に再分析するよう指示した」と監査院は明らかにした。
監査院の捜査要請に、野党「共に民主党」は強く反発した。キム・ウィギョム報道担当は論評を発表し、「文在寅前大統領を何とか引きずりだそうとした痕跡がはっきりとみえる。今回の監査の最終目標がどこなのか、明確に表れた」とし「民主党は文在寅政権に狙いを定めた標的監査に対抗し、国民と共によりいっそう熾烈に戦う」と明らかにした。一方、与党「国民の力」のキム・ミエ院内報道担当は「徹底した捜査で西海公務員殺害事件の真実が白日の下にさらされ、故人と遺族の名誉が回復することを期待する」と論評した。