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[コラム]「ひざまずいて傘」の写真が語らなかったこと

登録:2021-09-03 04:07 修正:2021-09-03 08:10
カン・ソングク法務部次官が先月27日午前、忠清北道鎮川の国家公務員人材開発院でアフガニスタン現地人協力者の早期定着支援に関するブリーフィングを行う中、法務部のある職員が後ろでひざをついて次官に傘を差しかけている/聯合ニュース

 「ひざまずいて傘さし」の写真の第一印象は、気が遠くなるほど超現実的なものだった。忠清北道鎮川(ジンチョン)の国家公務員人材開発院の前で撮影されたという聯合ニュースの原本写真には「こうまでしなければならないのか…」という冷静なタイトルがついていた。事実をありのまま見せているだけだとでも言うように。しかし、イメージの意図はあっという間に超過達成され、ほどなくして「皇帝儀典」という名がついた。一部のメディアは「2021年、この政府が人権を語る瞬間」などと、文在寅政権へとその矛先を向けた(「朝鮮日報」8月28日1面写真のタイトル)。これに相づちを打った野党「国民の力」の大統領選挙候補たちは、随行員から急いで傘を受け取ったり、まったく傘を差さなかったりという演出で政治的反射利益を得ようと図った。

 写真の第一印象が超現実的だった事情は、後になって分かった。忠清北道地域のあるメディアが、写真のフレームの外で起こっていた出来事を、編集されていない現場の映像と共に報道したのだ。記者の要請により、会見場所が取材人数の限られた屋内から大雨の降る屋外へと移された。法務部次官の横から傘を差しかけていた公務員は、写真に写り込まないように次官の後ろへと、さらには次官の肩の下へと移動させられ、いつの間にか公務員は雨水のたまった地面に膝をつかざるを得なくなったのだ。超現実的なパワハラによる超現実的な状況展開で超現実的な場面が演出された脈絡こそ、本当の事実だった。しかし、写真はすべての脈絡を消去したまま、被写体に照準を合わせて銃撃を加えた。

 光の速度で広がった写真に比べれば、ありのままの事実が伝播される速度はカタツムリの進み方のようだ。大多数のメディアが事実を事実として見なしもしないためだ。カタツムリの殻の螺旋に沿って沈黙の中に巻き取られたり、甚だしくは知らん顔をして例の批判ばかりを牛骨スープを煮出すように何度も蒸し返したりしている。まれに事実を部分的に伝えるメディアも、次官は自ら傘を差すべきだとか、メディアの要請を拒否すべきだったなどと言い、権威的な官僚主義文化を非難した。次官と一行の行動は批判されてしかるべきだ。本音かどうかはともかく、次官は謝罪もした。しかし、そこまでだった。メディア自身による写真と関連報道の批判や省察はなされなかった。

 ひざまずき傘事件は、ちょうど言論仲裁法政局と時期が重なった。一部ではひざまずき傘事件のことを、言論仲裁法改正案に含まれている懲罰的損害賠償制が必要な根拠として言及している。しかしそれは、問題の写真を見て「皇帝儀典」を思い浮かべるのと特に変わらない直感的な印象評にすぎない。まず、高位公職者である法務部次官は、国会法制司法委員会を先月通過した法案の請求対象には含まれない。かといって、問題の写真と関連報道の深刻さを広く伝え改善する上でも、この法案が役に立つとは思えない。たとえ一般人にフェイクニュース被害に対する実質的な救済効果が及ぶとしても、言論改革議論の本質的な深化とは程遠い。

 「フェイクニュース被害救済法」と言って立法を押し通そうとする側も、「言論統制法」と言って絶対反対を主張する側も、過度な象徴に没入している。言論の自由も言論改革も、懲罰的損害賠償をはるかに越える複雑な価値だ。米国の第3代大統領トーマス・ジェファーソンは「新聞のない政府よりも政府のない新聞を選ぶ」というアフォリズムで有名だ。しかし彼が大統領在任中に「何も読まない人の方が、新聞だけを読む人よりよく教育されている」と言ったということは、あまり知られていない。フランスの大文豪エミール・ゾラが大統領に宛てた公開書簡「私は告発する」は、言論の自由の実践例として挙げられるが、書簡に「醜いメディア」と表現したということは言及されない。

 ひざまずき傘事件は、取材からはじまり報道、論評、選択的沈黙に至るまで、言論改革の切迫した必要性を過不足なく示してくれる最近の例だ。程度の差があるだけで、沈没するセウォル号の前で起こった彭木(ペンモク)港の「報道惨事」が、同じ構造の中で繰り返されている。また言論仲裁法の立法をめぐる対立は、言論の自由と言論改革の理由がジェファーソンやゾラの生きた18、19世紀の西欧の水準を越えていないことを暗示する。こうした条件において、与野党の合意にもとづいて構成される「言論仲裁法8人協議体」に期待をかけるのは超現実的だろうか。協議体の限界を断言したメディア現業団体の中の1団体でもいいから、ひざまずき傘事件についてせめて短い立場表明をしてくれることを望むのも、超現実的だろうか。

//ハンギョレ新聞社

アン・ヨンチュン|論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1010241.html韓国語原文入力:2021-09-02 17:31
訳D.K

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