ヤン・スンテ最高裁長官(大法院長)は、キム・ソンス弁護士を結局入れようとしなかった。14日に開かれた最高裁判事候補推薦委員会で、ヤンヤン最高裁長官が新任最高裁判事2名の枠に推挙した6名のうちには、既に有力候補であった純粋な在野出身のキム弁護士の名前はなかった。“慣行”に従えば、最高裁長官が出した名簿がそのまま推薦される筈だった。推薦委員のキム・ヒョン大韓弁協会長が、キム弁護士も入れなければならないとしてブレーキをかけた。学界出身の推薦委員も加勢した。結局、8人に増えた名簿には非裁判官出身者としては唯一キム弁護士が含まれた。
推薦権者であるヤン最高裁長官の意志は固かった。推薦に先立って任命権者である大統領府と調整する過程では「キム弁護士を必ず推薦しなければならないのなら最高裁長官を辞任する」意を伝えたという。公開的な問題提起も辞さないということだ。アン・ギョンファン法務部長官候補者問題で頭を痛めた大統領府は、理屈抜きで“折衝”せざるをえなかったのだろう。アン候補者の釈明記者会見と辞退発表があった16日のそのざわついいた数時間の間に、最高裁は推薦名簿を発表した。
そうした結果は必ずしも誤りとは言えない。裁判所行政処や「ソウル大・男性・現職高位裁判官」出身でないチョ・ジェヨン、パク・チョンファの二人の候補者が、改革の成果を出すには緩急調節レベルで良いという期待もある。だが“抵抗”のために“折衝”したならば問題が違う。最高裁の構成の多様化は、裁判所改革の核心だ。「参与政府国政運営白書」(2008)は、「非裁判官出身による最高裁構成の多様化」を代表的な「未完の課題」に挙げた。そうした改革課題が、任期当初から“抵抗”のために挫折したのだ。アン候補者の落馬と関連しても「検察改革に組織的に抵抗しようとする動きがあるのではないか注目している」という大統領府関係者の話が出た。ありうる話だ。“抵抗”はある意味で当然だ。「すべての改革は既得権の抵抗を克服し説得を得るところから出発する」(2012年安哲秀(アン・チョルス)大統領選候補)や、「反則をなくすことには既得権の抵抗が伴うものだ」(カン・チョルギュ元公正取引委員長)など、多くが指摘した。文在寅(ムン・ジェイン)大統領もかつて「(改革の過程で)影響を受ける集団が不満を爆発させることはありえること」と述べた。不満と抵抗を圧倒する滔々たる流れがないならば、その改革が失敗することもまた当然だ。中国の北宋時代の王安石の失敗がそうだった。王安石の新法は、意外な弊害のために農民や商人の負担を高め、世論の支持という大きい流れを作ることができなかった。既得権勢力を一時は追い出したが、新法党を堅固に作れず結局転覆した。
「圧倒する何か」は、制度改革と人的清算のいずれか一つだけでは可能でないだろう。趙光祖の改革は、勲旧派を追い出す“患部摘出”と新進の士類を登用する“賢良科”が共になされた。高麗時代に王権を画期的に強化した光宗は、奴婢按検法で豪族の軍事・経済基盤を崩して科挙制の実施により特権的政界進出を阻む制度改革に続き、任期中盤以後には豪族勢力に対する大々的人的清算をはばからなかった。
そうした考えを抱くには、まだ文在寅政府の手に余る。制度改革を推進するには、独自立法が可能な議席に大幅に足りず、次の改革勢力に交替しようとしても、敷居を越えるまで持ちこたえるに足る人は多くなさそうだ。そのうえに原則まで捨てるならば、もはや戻す方法がない。今の原則は、法務部長官と検察総長を改革をリードする人から選ばなければならないというということだ。そうした人が周囲にいないならば、探しなおすしかない。弁護士、教授、裁判官、どこかに適した人がいないだろうか。