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[朴露子ハンギョレブログより] 「全大協世代」の悲劇

登録:2012-06-10 11:24
https://www.hani.co.kr/arti/politics/assembly/535905.html

原文入力:2012/06/07 23:41(3937字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 近頃は先進化時代らしく、私たちの美しい言語も日進月歩し先進性の新しい地平を開いているようです。先進化時代以前は、北朝鮮傀儡を敢えて私たちと同等な人間として扱い、三星(サムスン)の李氏や現代の鄭氏、LGの具氏などの約10の家門が国内経済の半分以上を所有する神聖な権利を敢えて疑った種子たちを果して何と呼んだでしょうか。そうです。「アカ」でした。まったく、なんという時代遅れで美感の劣る、冷戦的な名称でしょうか?今は先進国大韓民国らしく、卑しき非国民たちに付与する名称もとても立派に変わりました。「アカ」は廃止され、今は「従北主義者」という、やや敬う呼び方(?)がされるようになりました。素敵でしょう。もちろん内容は大体同じようなものです。「従北」になれば、一応公論の場から追い出され、象徴的な「市民としての死刑」が下されるのです。うっかり口が滑ったら先進的な(?)監獄にも入れられかねない状況で、「従北主義者」らが自ら発言に気をつけていますが、デリダやボードリヤールなどで武装した私たちの先進的な「進歩」も勿論「封建王朝」と「唯一思想」に好感を持っているような人々は一応「相手」にしないようです。三星の李氏などが大韓民国を所有している現代版豪族たちは果たして「王朝」でなくていったい何だというのでしょうか。趙鏞基(チョ・ヨンギ)やキム・ホンドなどのキリスト教が北朝鮮の「唯一思想」と果してそのレベル(徹底した二分法、味方の神聖化、反対側の悪魔化など)においてそんなに違うのかということは、ごく自然に起りうる質問であるにもかかわらず、私たちは自らにそのような質問をあえて投げかけようとはしません。極貧で「後進的な」人々の暮らしや思考の多くが私たちと切り離せない関係にあるということは、今や恥ずかしく感じているようです。

 最近は穏健すぎる民主党の国会議員である林秀卿(イム・スギョン)さんさえも「従北」のレッテルと戦わなければならなくなるほどなので、どうも「先進化の主導勢力」たちの精神状態はやや常軌を逸しているようです。林秀卿さんや彼女の所属政党が主張する南北対話や、北朝鮮の統治者たちを対話の相手として認めるということは、実は -紆余曲折はあったにせよ- 朴正煕以後の多くの極右政権により「国策」として取られた政策基調です。林秀卿が「従北」だというよりは、現政権側が1991年に『南北基本合意書』などを北と手を結んで作った盧泰愚(ノ・テウ)政権よりも対北政策においてさらに後退しているだけです。1991年の南北関係の和解モードを私はとても鮮明に覚えておりますが、実はこれを可能にしたのはソ連の崩壊に伴った北朝鮮政権の外部世界への適応戦略などといった多くの外交的な理由のほかにも、林秀卿や文益換(ムン・イクファン)の訪朝に代表される民間の統一運動の動きでした。正当性の脆弱な末期的な軍事政権がそのような民間の動きを相殺するために対北関係における「実績」を上げなければならなかったのですが、その一つがまさに『…基本合意書』でした。そういえば、この『合意書』の内容の一つは体制の相互承認であるにもかかわらず、南韓の極右たちの発言の中にはこの原則に反する発言がかなりあります。またもう一つの原則は内政不干渉ですが、万が一『北朝鮮人権法』を作ったら、この原則も反故にしてしまうことになります。もちろん、北朝鮮のような「甘い」相手に対しては国際条約厳守義務などを韓国政府はいくらでも破棄することもできますが、ご参考までに申し上げた次第です。そういえば、『合意書』には離散家族の自由意思による再結合 -つまり理論的に言えば、南韓の住民が身近な親戚の住む北朝鮮に永久移住できる可能性- をも言及した盧泰愚さんも「従北分子」だったのでしょうか。ああ、本人が聞いたら憤ることでしょう。

 林秀卿は「従北」というより、彼女があの事件()の際に示した態度の一つ一つは南韓の保守的な「主流」の充満した臭いを漂わせるだけでした。たとえば、「大韓民国の国会議員になんという……」のような口調、このような口調以上にこの国の「主流」を特徴付ける表現方法はあるでしょうか。「社長になんという……」「教授になんという……」「国会議員になんという……」。ここで問題になるのは彼女が「主体思想派」ではなく、南韓の保守的で権威主義的な「主流」文化に丸ごと捕らえられたということです。林秀卿さんが露呈した脱北者たちに対する蔑視と偏見も極めて「韓国的」なものです。我々「善良な国民」のしるしなのです。6年前、あるアンケート調査に応じた脱北移住民たちの54%が「処罰さえなければ北朝鮮に帰りたい」と回答したほど(http://engjjang.egloos.com/10560380)、南韓社会は一部の「主要人物」を除いた多数の貧しい脱北者たちにとっては「差別と排除の地獄」に近い所です。もちろん脱北者のみならず、経済力と文化資本、社会資本を持ち合わせていない誰もが南韓で生きるのは茨の道ですが、「後進的」な北朝鮮に対するオリエンタリズム的な偏見はことのほか深刻なので、脱北者たちに対する様々な象徴的な暴力は記録的といえます。このような精神病棟的な雰囲気では「非常識な脱北者…」などといった表現も極めて平凡な(?)だけです。問題はありもせぬ「従北」にあるというよりは、一時は南北両方からあらゆる期待を集めた若くて明るかったあの統一運動家がいったいどうして、かくも早く下位者と見做されうる人を簡単に踏みにじる「極めて平凡な」既成の「主流」になってしまったかという点です。

 これは、実は林秀卿個人の問題に留まらず、彼女の属する「全大協世代」、民族主義的で統一至上主義的な心性を持った80年代後半の多くの学生活動家が共通に抱えている問題でもあります。もちろん、あの時も社労盟の闘士たちのように、南北韓の状況を徹底的に階級論的に捉える人々も運動社会の中には厳然と存在したものの、運動社会の主流は概して左派民族主義的な感性を持っていて、ソ連崩壊後はその傾向がさらに深化しました。もちろん、こうした左派民族主義者の政治的行為は民族主義という次元からのみならず、ほかの幾多の次元からも相当な意味を持ちます。たとえば「国家」の禁止命令を無視して自分の信念に基づいて北朝鮮に赴き、そこでも信念に基づいた発言をした林秀卿の政治行為は、明らかに「国家」に対する「人間」の勝利でした。彼女が抑圧的な「法律」の上位に自らの「信念」を置いたからです。国家主義に塗りつぶされた南北韓の最近の歴史では、一個人のこのような勇ましい行動は実は貴重な転換点でもありました。ところが、「全大協世代」の問題は、彼らが時には「国法」に正面から楯突いたとしても、根本的に「資本主義国家」/「資本」ではなく、「政権」と戦おうとしたところにありました。極右政権とは対立しても、彼らは金大中(キム・デジュン)などのブルジョア自由主義政治家たちを「味方」と見做しこそすれ、彼らの階級的な本質を暴こうとはしませんでした。当時、左派民族主義者の間に金大中に対する「批判的支持論」がいかに溢れていたかを思い出してみれば、林秀卿が民主党の国会議員に出馬したことなども極めて論理的に見えるばかりです。朝鮮半島の労働者、零細民たちには民主党は搾取者たちの政党であり反労働の政党、新自由主義の政党ですが、林秀卿の属した小社会では金大中と彼の政治的系譜は「統一事業の主導者」たちだったのでしょう。「民族」と「統一」に終始する彼らの思考の世界には、幸い就職できたとしてもその半分が臨時職・派遣職員である脱北者たちの貧しい現実は存在しないのです。その世界では「階級」は有意味に存在しないからです。

 金文洙(キム・ムンス)などの場合からわかるように、階級論的左派でもいくらでも転向し「国民」の「主流」に編入できますが、林秀卿などの左派民族主義的な傾向の「全大協世代」は「主流」に組み込まれるために敢えて「転向」する必要もないのです。主観的に「信念を守る」と思い込みながら「主流」に向かって一歩一歩歩き続けることができます。民族主義という麻薬は初歩的な階級的嗅覚さえもすべて痲酔させてしまうのです。私に一つ希望があるとすれば、「88万ウォン世代」である今日の学生たちが社会運動に入門しても、民族主義的な感性より階級的な理性をより徹底的に育てることができるという点です。資本主義が新自由主義的な勃興期を迎えようとした80年代後半とは違い、今の資本主義は最悪の危機を迎え、特に若者を中心とした幾多の人々に基本的な生存さえも脅かしています。これを直視しなければならない今日の若者たちは、あるいは革新系の大先輩たちに比べれば国家と資本に対して遥かに徹底的に批判的かもしれません。ところが、階級的で反資本主義的な学生運動が活性化するには、進歩新党のような階級的な左派政党が先ず戦列を整え、社会的な影響力を発揮しなければなりませんが、これは様々な面において至難な課題といえましょう。

原文: http://blog.hani.co.kr/gategateparagate/49500 訳J.S