ガザ地区出身のサレ・アルアンティシさん(29)が、パレスチナ人としては初めて韓国で難民認定を受けた。アルアンティシさんは「パレスチナが一日も早く自由を取り戻すことを願う」と語った。
16日のハンギョレの取材によると、法務部は15日、パレスチナ・ガザ地区出身の移民であるアルアンティシさん(29)の難民申請を承認した。2023年3月に難民申請書を提出してから3年経って認定されたのだ。アルアンティシさんと共に活動してきたパレスチナ平和連帯の活動家、ユジさんは「韓国政府がパレスチナ出身の移住者の難民申請を受け入れたのは、今回が初めてだと認識している」と語った。
アランティシさんは1997年、ガザ地区ガザ市の「国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)」が運営する保健所で生まれた。生まれた時から難民だったわけだ。封鎖されたガザ地区で幼少期を過ごし、2008年、2012年、2014年、2021年の計4回の戦争を経験した。2022年12月に韓国に入国して以来、生計を立てるために中古車売買業を営む傍ら、パレスチナの人権状況を伝える活動を行ってきた。アランティシさんはこの日、ハンギョレの電話取材に対し、「今回の難民認定決定は私の人生を変える重要な決定だが、あくまで一時的な措置に過ぎない」とし、「難民として認定されて生きることを夢見る人はいない。パレスチナが一日も早く自由を取り戻し、そこで平和に暮らしたい」と語った。
アランティシさんが「深刻な破壊と凄惨な戦争を逃れて」故郷を離れてから1年も経たない2023年10月、再び始まったイスラエルによるガザ住民への集団虐殺は、依然として続いている。アランティシさんの祖父や叔父、母方の叔母、いとこ、そして数多くの友人もまた、砲弾によって命を落とした。アランティシさんは「両親や兄弟姉妹、妻が(ガザで)奇跡的に生き残ったが、難民として認定されるまでは再会する術がなかった。ようやく妻を韓国に呼び寄せ、一緒に暮らせるようになった」と喜びを語った。難民認定者は、難民法第37条に基づき、配偶者および未成年の子を国内に呼び寄せることができる。
法務省の出入国統計によると、昨年韓国で難民申請を行った1万4626人のうち、難民の地位を認定された移住者は135人で、認定率は1%にも満たない。アランティシさんは「難民認定を受けるまでに要した3年間は私にとって非常に長い時間であり、その間多くの困難に直面した」としる一方で、「5~7年も待たされている難民申請者が周囲に数え切れないほどいる。私は運が良い方だと思う」と語った。
アランティシさんは、韓国をはじめ、米国や欧州などの主要国がパレスチナの平和のために動いてくれるよう訴えた。「もし米国や一部の西側諸国がイスラエルを支援していなければ、私たちがガザを離れる必要もなかったでしょうし、そうなれば、彼らが私たちを難民として受け入れてくれることを期待する必要もなかったはずです。難民を受け入れることよりも、イスラエル軍が集団虐殺を止めることの方がより緊急な課題です」