原文入力:2010-01-14午後11:17:00
チェ・ヤンジュン氏 再審で無罪宣告
日本で旅券偽造罪が韓国でスパイ罪に変身
ソン・ギョンファ記者
←チェ・ヤンジュン氏が14日スパイ罪などにつき無罪判決を受けた直後、ソウル,瑞草洞,ソウル中央地裁庁舎前で「今後再び私のような人が出てこないことを望む」とし苦々しい表情をしている。
チェ・ヤンジュン(71)氏は1939年5月、全南,和順で生まれた。小学校卒業後、上京し叔母の夫の下で木工職を習った。結婚して大工として暮らしたチェ氏は‘日本で仕事をすればお金がもっと稼げる’という話に1975年に1ヶ月ビザをとり日本に渡った。日本でもチェ氏の木工技術は通用し滞留期間が満了するや仕事で知りあったある日本人に‘モリミズ カズオ’という名前の旅券をもらい写真を変えた。
金をもう少し稼ぎたかったチェ氏の‘失敗’は残りの人生をまるごと奪った。日本産電子計算機などを買い韓国に出入りしたチェ氏を隣の日本人が申告し、日本警察に逮捕された彼は旅券法違反罪で懲役3年,執行猶予3年を宣告され韓国に強制送還された。
1982年11月、金海空港に降りるや釜山地域保安隊要員らが待っていた。‘サミル工事’という看板の懸った建物の地下調査室に入るや底に敷く赤いカーペットが見えた。捜査官らは「これがなぜ赤いと思うか、血で染まったからだ」と怖がらせた。‘在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)に抱き込まれスパイ活動をした’という理由で拷問が始まった。性器と両側親指に電流が流された。捜査官が飯をすくって食べさせてくれるようになった後、彼は 「スパイ活動をした」と話した。「山を越え船に乗って北に行き金日成にも会った」と話した。
彼は「死ぬ前に家族の顔だけでも見よう」と考え、肩幅ほどの便所の窓から抜け出て手ぶらで鉄条網の塀を越えもした。民家の便所に隠れたが血まみれで軍服を着た彼を助ける人はいなかった。歩いて地下調査室に戻った。1983年3月ソウル刑事地裁は国家保安法違反(スパイなど)疑惑で起訴されたチェ氏に懲役15年,資格停止15年を宣告した。控訴と上告も棄却された。9年間服役した彼は1991年の釈迦生誕日に仮釈放された。
昨年7月、彼は裁判所に再審申請を行い14日、ソウル中央地裁刑事合意29部(裁判長 ヨ・サンウォン)はチェ氏の無罪を宣告した。保安隊の苛酷な行為で虚偽の自白をした事実を認めたのだ。宣告後、チェ氏は傍聴席にいた婦人と息子たちの前で大粒の涙を流した。チェ氏は「おぞましい過去を思えば真実を無視した捜査官と検事,判事を許すことはできない」として泣いた。
文・写真ソン・ギョンファ記者freehwa@hani.co.kr
原文: https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/398941.html 訳J.S