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[ルポ]70余年前に失われた済州の村、さらに50カ所以上あった

登録:2020-04-03 21:59 修正:2020-04-04 07:02
[済州4・3抗争72周年企画]眠らない椿 
2003年の政府報告書には、失われた村が84カ所 
4・3平和財団追加調査で134カ所に増える 
ほとんどが軍警討伐隊の手で焼却されたり疎開 
30人以上が犠牲になった村は165カ所のうち129カ所 
犠牲者も1万4442人からさらに400人余り増え 
4・3財団「真相にさらに一歩近づいたことに意義」
10世帯余りが暮らしていた済州市旧左邑のタランシュィ村は、1948年11月18日討伐隊の放火によりなくなった。2001年に済州道が建てた“失われた村”の標石も、道路拡張工事で近い将来なくなる危機に置かれた。標石横の榎の老木は数年前に枯れて幹だけが残った//ハンギョレ新聞社

 済州4・3が72周年をむかえた。毎年椿は決まって咲いたが、変わったことは何もない。4・3受刑人に対する軍事裁判の無効化などを内容とする4・3特別法は、第20代国会で結局通過できなかった。再び選挙の季節、誰が4・3の真相を明らかにし、遺族の痛恨を解くと断言できるだろうか。72年が過ぎても解決されなかった真相究明と失踪者の賠補償問題などを、3回に分けて掲載する。

 新済州と旧済州を結ぶ主要道路の済州市蓮北路の吾羅洞(オラドン)境界には、新しく建てられた建物が立ち並んでいる。済州4・3当時、蓮北路を挟んで「オウヌル」と「ヘサニ」という自然村があったが、討伐隊の放火で今はその痕跡すら見当たらない。“失われた村”という標石だけが、ここに村があったという事実を証言している。

 済州では、4・3当時に村が焼かれてなくなったり、疎開した住民が後に復帰しなかったために廃虚になった村を“失われた村”と呼ぶ。最近、こういう“失われたマウル”が計134カ所(66カ里)に達することが明らかになった。政府が2003年に出した『済州4・3事件真相調査報告書』に出した84カ所より50カ所も増えており、済州4・3平和財団が2012年5月から村別の被害実態を全数調査した結果だ。

 財団が最近発刊した『済州4・3事件追加真相調査報告書1』は、4・3当時に済州島内の12カ邑・面、165カ里について村別、犠牲者類型別、集団虐殺事件などの被害実態が総合的に載せられた。犠牲者数も2003年の1万4028人から追加犠牲者および遺族の申告を受けて2019年には1万4442人に増えた。

タランシュィ村跡に続く道。笹だけが当時集落があったことを示している//ハンギョレ新聞社

 毎年必ず4・3追悼式に参加するYさん(75・済州市我羅洞)は、「平和公園に来るたびに、いつも悔しく思うことがある。父と母が婚姻届を出さずに暮らしていて4・3の時に犠牲になったが、父と母の本籍地が違うために位牌奉安室の両親の位牌が互いに離れていて、一緒に祀られずにいる」と話した。4・3当時、結婚、移住、婚姻未申告などの理由で、犠牲者が暮らしていた村と本籍地が異なるケースが多いのに、犠牲者を本籍地基準で分類してきたためだ。そのために財団が出した追加調査報告書では、4・3当時の島内の村の全体的被害実態を把握するために、犠牲者の居住地を基準に村別の被害実態調査を行った。

 調査の結果、100人以上が犠牲になった村(里)は、島内165カ所のうち49カ所あることがわかった。特に、30人以上の犠牲者が発生した村に拡大すれば、道内の村の78%に当たる129カ所に達することが明らかになった。報告書の作成を担当したヤン・ジョンシム財団調査研究室長は「10カ所の村のうち8カ所近い村で30人以上が亡くなったという話だ」として「すべての済州島民が被害者という証拠」と話した。当時の行政区域基準で、済州邑老衡里(ノヒョンニ、538人)の犠牲者が最も多く、次いで北村里(プクチョンリ、446人)、加時里(カシリ、421人)、華北里(ファブクリ、361人)、梨湖里(イホリ、355人)、道頭里(トドゥリ、304人)の順であった。邑・面別の犠牲者は、済州邑(4119人)が最も多く、朝天面(チョチョンミョン、1940人)、涯月面(エウォルミョン、1555人)、翰林面(ハンリムミョン、1037人)の順であった。

済州市蓮北路周辺の吾羅洞に設置された「失われた村-オウヌル」の石碑。25世帯が暮らしていたオウヌルは、1949年1月、討伐隊によって疎開させられた//ハンギョレ新聞社

 また「失われた村」134カ所のうち、武装隊の放火によりなくなった3カ所を除く残り131カ所はすべて討伐隊の放火や疎開で廃村になった。大部分の被害は大韓民国の軍警によって発生したのだ。これらの村の世帯数は、通常5~130世帯だった。

 ヤン室長は「これまで本籍地別に犠牲者の実態を分類してきたせいで、4・3当時の被害実態がよく見えない面があった。今回の追加真相調査を通じて、済州島全体の村別被害実態がはっきりあらわれたという点で、4・3の真相にさらに一歩近づいたことに意味がある」と話した。

ホ・ホジュン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/area/jeju/935311.html韓国語原文入力:2020-04-02 16:10
訳J.S

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