修学旅行に行って全南(チョンナム)珍道(チンド)近海でセウォル号沈没事故に遭った京畿道(キョンギド)安山(アンサン)檀園高の悲劇が続いている。 事故当時、セウォル号で救助されたこの学校のカン・ミンギュ(53)教頭が自責感に苛まれ自ら命を絶った。
18日午後4時5分頃、セウォル号事故の失踪者家族が集まっている全南(チョンナム)珍島郡(チンドグン)珍島室内体育館近隣の山中で松の木にカン教頭が首を吊って亡くなっているのを捜索中だった警察が発見した。 去る16日、修学旅行の引率責任者としてセウォル号に乗っていて救助されたカン教頭は、そのまま珍島に留まり、生徒たちの救助を痛切な思いで待ち望んでいた。 しかし去る17日午後9時50分頃、珍島室内体育館の壇上で校長・教師10人余りがひざまずいて失踪者家族に謝る姿を近くで見た後、姿が消えて警察が捜索を繰り広げていた。
カン教頭の財布から発見された遺書2枚には "すべての(修学旅行)ことは私が推進したし、責任を痛感している。 私が発見されたら、火葬をして生徒たちが亡くなった海域に骨を撒いてほしい" という内容が含まれていたと警察は明らかにした。
警察関係者は「カン教頭が18日午前1時に知人に携帯メールを送っていたことが確認され、その直後に命を絶ったと見られる」と話した。 同僚のある教師は「カン教頭は多情多感で心の暖かい方だった。 本当に生徒たち思いでした。 自身が救助された後に、多数の子供たちが失踪している事実を知って、非常に苦しまれていた」と話した。
京畿道(キョンギド)教育庁関係者は「カン教頭が救助された後、他所に移されたが、その日の夜に‘自分だけが生きて良いのか’と言ってタクシーに乗り珍島体育館を訪ねてきた。 それほど責任感の強い方だった」と伝えた。
カン教頭の自殺の報せに接した同僚教師たちは大きな衝撃を受けた。 教師たちは「そのような選択をするとは、どれほど辛かっただろう。 一人で辛い思いをさせた私たちもとても苦しい」と吐露した。
生徒たちも「私たちの学校はどうなってしまうのか。姉さんも兄さんも、良い先生も全部失うことになるのではないか」として嗚咽し周囲を悲しませた。カン教頭は船が沈没し始めた去る16日午前8時50分頃、‘船に問題が起きた’という内容で学校側に状況報告をしていた。 続いて5分後 "浸水が始まった。船が左に傾いている" と再び報告した。 カン教頭は21分後に再び校長に電話をかけ 「船が15度程度傾いた状態で停止している。 海上警察が出動し、乗船者全員がライフジャケットを着た」として、当時の急迫した状況を伝えもした。
カン教頭は公州師範大を卒業し、1987年から教壇に立ち道徳と倫理を教えてきた。 2012年3月教頭に昇進した後、安山陽地高などで勤務し、今年3月1日付で檀園高に教頭として赴任した。 遺族には妻と1男2女がいる。
珍島・安山/チョン・デハ、キム・キソン記者 player009@hani.co.kr