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生きるために数千km離れた韓国へ来たが 3年目に迷子の境遇

原文入力:2012/06/20 00:02(2521字)

←2006年内戦で疲弊した祖国ウガンダを脱出して韓国に来たミレムベ(仮名)が国連の定めた‘世界難民の日’を翌日に控えた19日午後、ソウル、中区(チュング)、南大門市場(ナムデムンシジャン)で行き交う人々を眺めている。 学生ビザで入国したミレムベは難民申請をしたが棄却された。 パク・ジョンシク記者 anaki@hani.co.kr

韓国の町をさすらう難民たち

資格要件が厳しくて審査に数年かかる
認定比率 6%に過ぎず…先進国は30%
審査待機中に旅券満了‘国際迷子’
国内に700人以上が不法滞在の境遇
昨年 難民法を制定したが効果はない

 今日も寝るところが無くて心配だ。国連が2000年に制定し2001年から記念日となっている‘世界難民の日’(6月20日)を迎えたが、ミレムベ(仮名・39)の境遇はホームレスと違わない。 友人の家に行って寝るのも、家主のそぶりを見ればこれ以上は無理だ。 ポケットをくまなく探しても千ウォン札数枚がもてる全てだ。 ただ生きるために数千km離れた韓国に来てもミレムベは毎日命が心配だ。

 インド洋を渡ったことは今でも後悔してはいない。 故国ウガンダは1986年から長い内戦を行っている。 人口3200万人の内、少なくとも3万人が命を失い、200万人の難民が発生した。 ミレムベは周囲の人々から反乱軍に加担したという誤解を受けていた。 2006年2月、ウガンダを脱出する直前、妻が跡形も無く消えた。 誰かが妻を殺害したとミレムベは信じている。 「その日に国を離れなければ次は私の番だっただろう」と話すミレムベの黒い目じりに涙があふれた。

 その年ミレムベは学生ビザを発給を受け取り急遽韓国に来た。 宣教師等を通して韓国について知ることになった。 難民の地位を申請する時、他の欲はなかった。 ただ‘保護’を受けたかった。 有名大企業が多い韓国はそれなりの国だとミレムベは考えた。 彼が知りえなかった事実があった。 韓国政府は何と3年かけて難民資格審査を行った。

 初めはがんばった甲斐があった。 難民申請者は最終審査結果が出るまで‘人道的滞留’次元でその他(G-1)滞留資格を受け取る。 韓国政府の支援は全くなかったが、滞留ビザが発行された期間、ミレムベは京畿道(キョンギド)安山(アンサン)の自動車工場で時間制で働き長屋で暮らした。 難民認定されれば専攻を生かして英語教師になるという夢も持った。

 彼の‘その他滞留ビザ’は2009年の難民審査で最終的に脱落したことにより効力を失った。 法務部は「本国で身の脅威を感じるほどの政治的地位がある人ではない」という趣旨でミレムベの申請を棄却した。 以後、小さなトランク一つだけを持って毎日身を横たえる所を探し歩いている。 ビザもない難民に仕事をくれる工場主はいないので確実な稼ぎもない。

 稼ぎの無い生活は単純だ。 難民生活中に知り合った友人の家に世話になったり、なんとかできた小金を払ってネットカフェで眠りを誘う。 それまで不如意になれば公園や路上で眠った日も数え切れない。

 ミレムベの‘国際迷子’生活はすでに3年目だ。 昨年末、法務部の難民地位不許可決定に対して提起した行政訴訟まで棄却された。 生命と生活の保護を受けるために訪ねてきた韓国で、彼は立ち往生する境遇になった。 ウガンダ政府が発行した旅券期間が満了したので韓国以外の他国に亡命することもできない。 韓国に留まる限り‘不法滞留者’の境遇を避けることはできない。

 唯一残った道は駐韓ウガンダ大使館で旅行証明書の発給を受けて本国に戻ることだけだ。 それは死へ向かう道でもある。 「ウガンダに戻れば反乱軍に加担することの他には生きる道がない」と話すミレムベの目に切迫感があふれていた。 生きるためには反乱軍にも加担して銃も握らなければならないが、反乱軍であろうがなかろうが、死の脅威に苦しめられるのは皆同じだ。

 ミレムベのように国際迷子の身分になった国内難民が少なくとも700人は越えるだろうと難民人権センターは推算している。 難民審査期間が過度に長いことが大きな原因だ。 数年間審査を待って脱落した難民申請者は、本国の旅券期限満了などで他国に亡命する機会自体をなくす。 法務部の難民審査期間だけで1年6ヶ月~2年ほどが必要とされており、以後の行政訴訟期間まで合わせれば5年を遥かに越える。 難民審査期間が長いのは人手不足のためだ。 法務部関係者は「担当職員は8人に過ぎないのに、難民処遇に対する社会的合意が共有されておらずむやみに人員を増やすこともできない状況」話した。

 難民資格を認められるケースも依然としてごく少数だ。 難民人権センターのキム・ソンイン事務局長は「我が国の難民認定比率は国際的基準に比べて圧倒的に低く、認定基準も曖昧だ」と指摘した。 法務部の年度別難民現況を見れば、1992年‘難民地位に関する協約’に加入して以来、現在まで(2012年5月)難民申請者4516人の内 294人の難民地位が認められた。 難民100人中6人の割合だ。 難民認定比率が30%を上回る大多数の先進国に比べて大きく遅れをとっている。 人口対比難民割合で見てもドイツ(0.72%),英国(0.43%)はもちろんハンガリー(0.06%),メキシコ(0.0011%)よりはるかに少ない0.0005%に過ぎない。

 昨年末‘難民等の地位と処遇に関する法律’を制定し、それなりに進展を見たが、まだ実効を発揮することはできていない。 キム事務局長は「難民支援の法的基盤は用意したが、法務部が後続対策を議論せず、難民申請者が依然として最小限の人権を維持する生活基盤もなしに過ごしている」と語った。

オム・ジウォン記者 umkija@hani.co.kr

原文: https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/538558.html 訳J.S