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[コラム]良い大統領と悪い大統領

登録:2024-05-25 06:23 修正:2024-05-25 09:15
カン・ヒチョル|論説委員
尹錫悦大統領が2月7日、「韓国放送(KBS)」の新年特別対談に先立ち、「The buck stops here」(すべての責任は私が取る)と書かれた机の上の木札を持ち上げて見せている=KBSの画面よりキャプチャー//ハンギョレ新聞社

 言葉は意識の反映だ。そのため、大統領のこのような言葉は、明らかな異常信号に聞こえる。「心配することない。俺は米国の大統領だ。何もかも大丈夫。心を強く持て!」

 短い言葉に本音が現れている。大統領なら何でもできると思っているのだ。一時的に委任された権力という自覚があれば、口にすることなどできない発言だ。公私混同も甚だしい。

 ドナルド・トランプ前米大統領が放ったというこの言葉は、14日、米国ニューヨークのマンハッタン刑事法廷で公開され世の中に知られた。トランプの不倫相手への「口止め料」支払いをめぐる公判で公表された内容だ。彼の個人弁護士だったマイケル・コーエンはトランプの別の「過去事」と関連し、2018年に連邦捜査局(FBI)の押収捜索を受けた直後、大統領が自ら電話をかけて自分をなだめ、安心させようとしたと証言した。トランプが政権2年目に入った頃だ。娘と婿の高位公職への任命、退任直前まで繰り返した側近の赦免、全世界を驚愕させた国会議事堂襲撃の扇動は偶発的な行動ではなかった。

 大統領の権力の私有化は、いつでも現実になり得る制度的危険要素だ。内閣制の首相には夢にも考えられない帝王的権限を持っているためだ。それだけに誘惑は強烈で執拗(しつよう)だ。その誘惑にすんなり負けたのはトランプだけではない。リチャード・ニクソンは魂をも売った。ウォーターゲート事件の真相を隠蔽するため、可能なあらゆる手段を動員した。特別検察官チームの解体も辞さず、公の場で嘘をつくのもはばからなかった。そうやって2年を持ちこたえた。そうするうちに明らかになる真実の前に四面楚歌の身になってから、ようやく米国史上初めて大統領職から退いた。

 しかし、世の中には正反対の部類の大統領もいる。その人は大統領の権力の重さを最初から恐れていた。不純な欲望を美辞麗句で飾り立てているのではないか、もしかすると「特権」の虜になったのではないかと、内面の審判官に絶えず問いかけたという。

 「(大統領として)権力を持ってから、私は自分自身を絶えず疑っています。さらに、権力の誘惑に屈した政治家たちをよりよく理解するようになりました。権力者たちは自分がただ国のために奉仕しているだけだと、自らを説得するが、(実際には)自分の優越性に対する確信をますます固め、特権を当然のこととして捉え始めます」(「権力の誘惑」)。政治を始める時に持っていたアイデンティティと存在感を失うのは時間の問題だ。そこから数歩進むだけで、自分に対する統制力さえ失ってしまう。

 強大な権力の裏面には、このように悪魔の誘惑が付きまとう。このため、大統領職は、一歩間違えると「死に至る権力」になりかねない。このような不気味な警告をしたのは、チェコの初代大統領バツラフ・ハベルだ。ソビエトの凶暴な陰から抜け出したばかりの新生共和国で「一夜にして運命のように(大統領として)政治の世界に足を踏み入れた」が、誘惑に負けなかった。「反芻する力」がなければ、13年間にわたる在任は不可能だっただろう。死後、プラハ国際空港には彼の名前が永久に刻まれた。

 ここにもう一人の大統領がいる。彼もハベルのように素人の政治家から大統領へと一気にのし上がった。「私たちが思っていた公正、私たちが知っていた常識を取り戻す日々を作る」という誓いで多くの国民の支持を獲得した。国政の第1目標を「常識を取り戻した正しい国」と定めたと公表した。しかし、就任後は全く違う道を歩んできた。自分のアイデンティティ(Presidential Identity)を自ら傷つけ、崩した。

 権力の私的行使は特に深刻な状況に至った。検察が配偶者の捜査を本格的に始めると、「最も悪質なテクニック」と検事たちが呼ぶ人事を通じて無力化を試みた。「キーワードは(大統領夫人のキム・ゴンヒ)女史とソウル中央地検長だ。そのポスト一つを変えるために、人事異動の時期でもないのに、異例の人事を行ったのだ」(元検察幹部である大統領の先輩)。自身が過去に両政権で受けたことをそのまま繰り返した。人事の前に5カ月間姿を現さなかった大統領の配偶者は、もはや何事もなかったかのように、あちこちで笑顔を見せている。

 そして大統領は自分を狙った「海兵隊C上等兵特検法案」にも再議要求権(拒否権)を行使した。そもそも「激怒説」がなければ、それで捜査が正常に進められていれば、特検など取り沙汰されなかっただろう。事あるごとに法治を掲げる大統領が「何人も自分の関係する事件の裁判官たりえない」という古来の法言を突然無用の長物にした。後ろ盾でもいるのか、最小限の「危機意識」さえも見られない。トルーマン元大統領の木札(「The buck stops here」:すべての責任は私が取ると書かれたもの)は知っていても、ニクソンの前轍は知らないようだ。8年前の歴史を再び呼び起こすかもしれない危険な火種が投げられた。

//ハンギョレ新聞社
カン・ヒチョル|論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1141777.html韓国語原文入力:2024-05-23 18:46
訳H.J

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