救急室再移送、いわゆる「救急救命室たらい回し」と言えば、深刻な疾患が発生し、救急車で病院に行っても病床がないから、または治療する医師がいないからと言って受け入れてくれないため路上で死亡するという、不幸な事態を連想させる。必須医療の崩壊の象徴的な現象である救急室たらい回しは、実は韓国では長きにわたって存在していた。現在の経済的水準ではもはや社会的に容認できないため、問題として浮かび上がってきたに過ぎない。私たちの先入観とは異なり、救急室のたらい回し率が最も高い地域は高い順に京畿道、ソウル、釜山(プサン)で、人口当たりの医師数と病床数が最も多い地域で発生している。救急医療関連法が制定され、最上位の救急施設である圏域救急センターが作られつつある中にあってもそれが改善されないのは、今の解決策がうまくいっていない証拠だ。
救急室たらい回しの主な原因としてあげられる救急室の過密化をみてみよう。民主党のチェ・ヘヨン議員室によると、昨年の全国の圏域・地域救急医療センターの患者に占める軽症・非救急患者は46.6%にのぼり、ソウルの「5大病院」さえ37.3%に達した。病院が「もはや患者は受け入れられない」と答える最大の理由がこれだ。したがって、韓国の救急室に軽症患者があふれているという問題を解決しなければ、いくら病床を増やし、いくら多くの医師を輩出しても、底なしのかめに水を注いでいることになる。なぜ軽症患者は救急室に行くのだろうか。ここからは社会問題だ。
軽症・慢性疾患を救急室で治療しなければならないという状況は、1次医療がうまく機能していないことを意味する。1次医療の困難に直面している米国の100人当たりの救急室利用は45.9人に達する一方、オーストリアやオランダは10人未満だ。2022年の韓国は17.2人だが、ここから軽症患者を除けば、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で救急室の利用率が最も低い国と同水準だ。軽症患者があふれている現実を放置し、救急室に人材と財源を投入するという考えは、低コスト診療を救急医療という高コスト診療へと転ずるものであるため、効率の非常に低いアプローチだ。
予約してあっても病院に行けず、病気が悪化して救急室の世話になる患者は多い。予約しておきながら来なかった理由を患者に問いただしたところ、仕事のせいで来られなかったという切実な話を聞くと、それ以上は何も言えない。患者を病院に行きにくくする労働の現実は、救急室たらい回しとこうしてつながる。10年間ベッドに横たわっていた脳梗塞の患者が救急室で治療を受けた後、2次病院に転院させることを家族が拒否し、結局1年にわたり救急室に入院した(上級総合病院から総合病院への転院拒否)という最近の報道は極端な例だが、介護の問題ともつながる。臨終の直前に患者が救急室に来て人生の最後の時間を送るというのは、ウェルダイイングの問題だ。さらに、より早くより簡単に上級総合病院に入院するために利用する形態もあるが、これは医療の連係システムの問題だ。
このようにみると、全国に設置した状況室が患者の重症度と各病院の利用可能な資源を把握し、搬送と転院を指揮する地域救急医療状況室体制は、あまり実効性がないことが分かる。状況室の指揮に従って病院は救急室の軽症患者の病床を空けて重症患者を収容しなければならないが、患者と保護者に医療スタッフの要求を受け入れさせる装置がなければ何の意味もない。医療スタッフが軽症と判断しても、患者個人は重症と考えうるし、救急患者や重篤患者にのみ適用すべき「診療拒否禁止の原則」をすべての患者に適用する韓国では、ややもすると法的攻防へと発展する可能性がある。
近いうちに大学病院の8つの分院の首都圏開院と共にオープンする大学病院の救急センターは、地域救急センターで活動している医師まで吸収することで「患者と近い場所で救急患者を解決できるようにしなければならない」という基本計画に逆行する。また、ただでさえ過密な大学病院の救急室の状況をさらに悪化させる可能性も高い。これと関連した驚くべきデータは、ソウルの重症損傷患者の死亡率が19の市道で9番目に高いことだ。医療人材と最先端施設が集中しているソウルの成績の低さは、いくら財源をつぎ込んでも問題を立体的に見なければ意味がないことを示している。
先月政府が発表した必須医療パッケージの「重症救急来院24時間以内の最終治療時の報酬加算率拡大」は、まるで医師が十分に補償されていないから重症の救急患者を迅速に治療していないかのような誤解を招くものだ。政府は必須医療の問題を解決するために10兆ウォンにのぼる財政を投入するとしつつ、その財源は5年間の健康保険の積立金から調達するという。しかし診断と処方が誤っていれば、ぎりぎりの健康保険財政まで無駄にしてしまう可能性がある。昨年56兆ウォンという財政赤字を出した政府を見ての心配だ。
キム・ヒョナ | 翰林大学聖心病院内科教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )