米国の首都ワシントンD.C.郊外に外交官養成局(FSI)がある。1947年に設立された同局の業務のひとつは、外国語の教育と評価だ。米国人は外国語にあまり関心がないということはよく知られているが、外交官は事情が異なる。法的にも一定水準以上の外国語力は備えていなければならず、勤務中にもよく外国語力が評価される。これは業務評価はもちろん昇進、給与などにも大きな影響を及ぼす。
1958年から外交官の外国語力の評価が義務付けられており、FSIは現在、約70の言語を教え、100あまりの言語評価を行っている。民間ではほとんど教えない言語の学習教材を開発し、これを社会に公開して一般人の外国語教育にも大きく貢献している。
何よりも英語のネイティブ・スピーカーに「専門的な水準の駆使能力」が備わるまでの時間を計算し、各外国語ごとに難易度を統計化したことで有名だ。それによると、英語のネイティブ・スピーカーが韓国語を使いこなすまでには約2200時間が、スペイン語は約600時間が必要となる。スペイン語のほぼ4倍近くの時間がかかる韓国語は、英語のネイティブ・スピーカーにとってそれだけ難しい言語のひとつであるわけだ。
FSIは米国務省の傘下機関だが、第2次世界大戦後の米国内の外国語教育にも影響を及ぼした。1950年代以降に開発した外国語力の評価基準は、連邦政府のその他の省庁はもちろん、国際的な企業にも導入された。初期に開発したスピーキング評価インタビューは、1980年代の米国外国語教育協議会(ACTFL)のスピーキング評価インタビューの開発にも影響を及ぼした。
評価基準を少しずつ補完し続けてきたFSIは、2010年代にはデジタル革命という時代的特性を反映し、評価基準を全面的に改正した。続いて長い検討過程を経て2022年上半期に部分導入した新たな評価基準を、今年中に全面的に拡大する予定だという。
1950年代以来、外国語力はスピーキング、リスニング、ライティング全般が評価され、「使用できない」(0段階)から「教育を受けたネイティブ・スピーカーと同水準」(5段階)までの段階評価が行われてきた。大半の外交官は「専門的な水準で駆使できる」(3段階)水準への到達を目標にしており、一般的に「外国語が流暢な人々」は4段階、「ネイティブ・スピーカーに近い水準」なら4+段階と考えられてきた。
だが2022年から新たに導入された基準には、興味深い変化がみられる。「教育を受けたネイティブ・スピーカーと同水準」である5段階と「ネイティブ・スピーカーに近い水準」である4+段階を「4段階」に統合するとともに、「ネイティブ・スピーカー」という言葉をなくし、新たに「高級能力」と名付けた。外国語学習から「ネイティブのような」実力を備えるべきという目標を削除したのだ。これは2000年代以降の外国語教育における「ネイティブ・スピーカー」に対する視線の変化を反映したものだ。
1980年代から外国語教育には、個人が伝えようとする意思の疎通を目的とする意思疎通中心の教授法が導入され、それと共にネイティブ・スピーカーに対する認識が変化しはじめた。正確さを重視していたそれまでの認識の弱まりに伴い、正確な発音と表現のために必要とされた「ネイティブ・スピーカーのように」のような、ネイティブ・スピーカーをモデルとする割が弱まったのだ。代わって、世界的な移民と人的交流の増加に伴い、言葉よりも互いに異なる文化に対する相互理解と適応能力の方が重要になってきた。今やどこに住んでいようと、その言語圏の「ネイティブ・スピーカーのように」話すというより、多様な非ネイティブ・スピーカーと共にその地域の言語を使うケースの方が増えるとともに、どれほどネイティブ・スピーカーのように正確に話すかよりも、その文化を理解する能力の方が重要になっている。
新たな評価基準を説明する米国外務協会(AFSA)のウェブサイトは「ネイティブ・スピーカーの定義がそれぞれ異なり、ネイティブ・スピーカーの言語能力の範囲も広い」と述べている。すなわち、ネイティブ・スピーカーの間でも言語能力がそれそれ異なり、ネイティブ・スピーカーの定義そのものも難しいため、評価の客観性を保つために削除したわけだ。
かといってネイティブ・モデルが完全に消え去ったわけではない。言語はすなわち体系であるため、体系に合っていなければ意味伝達は不可能だ。発音と文法がある程度は正確でなければ、言葉は通じない。発音、文法、表現などにおいてはネイティブ・スピーカーをモデルとすべきだということは、外国語学習者なら知っている。しかしFSIの新たな基準が意味するように、ネイティブ・スピーカーとまったく同じ言語力はもはや外国語学習の最終目標ではない。これによって、長きにわたって続いてきた「ネイティブ・スピーカー主義」時代は幕を下ろし、ネイティブ・スピーカーは参照するものの、各自が必要とする実力が外国語学習の最終目標となる時代が幕を開けつつある。いや、すでにはじまっていると考えるべきである。
ロバート・ファウザー|言語学者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )