韓国の大統領選挙で、史上まれにみる激戦の末、尹錫悦氏が勝利した。日本から見て注目したいのは、投票率の高さである。日本の国政選挙の投票率は50%台の前半が続き、50%を切ることもある。4分の3以上の有権者が投票に行くという韓国民の政治に対する関心の高さは、うらやましい。自力で民主主義を勝ち取った経験がまだ生きているのだろう。また、20代の若者の投票が選挙結果に大きな影響を与えたことも興味深い。若者は政治的信条ではなく、候補者の政策と実行能力を見極めて投票したように思える。民主主義の活力という点で、日本は韓国から学ばなければならない。
日本では、保守派の大統領の就任で日韓関係が好転するという楽観論もあるが、そう単純な話ではないだろう。日韓関係の改善に向けて日韓双方が努力することは、今までにまして重要となっている。
その理由は言うまでもなくロシアによるウクライナ侵略である。ロシアによる非道な行為には非難を続けるほかないが、国際社会に戦争を止める有効な手立てがないことに無力感が募るばかりである。ともかく一日も早くプーチン大統領が戦争をやめる決断をすることを祈るばかりである。
この戦争は遠い世界の出来事ではない。東アジアにも、ロシア-ウクライナ-欧州諸国の緊張関係の相似形が存在する。中国は軍事力強化を続け、米国の軍事専門家の中には台湾への進行を予想する者もいる。東アジアにおいて、法の支配や人権、民主主義という基本的価値を擁護し、中国と向き合いながら秩序を保つ主役は日本と韓国である。ロシアに対してドイツとフランスが協力して対峙していることを、日韓両国は見習わなければならない。中国をロシアと同一視することは正確な認識ではない。だが、アジアの、さらに世界の平和のために中国と対話し、軍事的覇権の追求よりも、経済的繁栄や地球環境問題への対応など共通の課題に取り組むよう話し合いを継続することが必要である。
欧州では第2次世界大戦の後、70年をかけて和解と協力のための努力が蓄積されてきた。すべてのドイツ人がナチスドイツの侵略戦争について心から反省したとは言えないだろうが、少なくとも指導者は事あるごとに戦争を反省し、被害を受けた人々に謝罪をしてきた。公式の場でナチスを是認することは許されないという基本的なルールは守ってきた。ドイツの政治指導者の真摯な姿勢が信頼関係の土台であり、それゆえにこそドイツのリーダーシップは欧州でも支持されている。今回の戦争に対しては、かつてドイツに攻撃された国々がドイツにイニシアティブを取るよう促している。自国の過去の罪業について反省することは、現在の指導力の源泉の一つとなる。
東アジアは欧州と事情が違うので、単純な比較はできないことは理解できる。東アジアで民主主義を共有しているのは日本、韓国、台湾の3つの国、地域だけで、構成メンバーが少なければ、仲介役を務める国がおらず、それだけ国の利害が直接ぶつかりあって、合意に到るのが難しいという面もあるだろう。しかし、いま必要なのは、民主主義国の指導者が東アジアの平和と繁栄という高次元の目的を共有し、協力するという意思を固めることである。
明白な侵略戦争に訴える国が出現したという現実に向き合い、日韓の指導者はアジアで同じ戦争を起こさせないという決意のもとで、隣国への向きあい方を転換すべきである。日韓の間に歴史問題のとげが残ることは21世紀の指導者にとっての恥である。日本政府は、慰安婦や徴用工などの歴史問題について必要な措置を取っており、法的には負債はないと主張している。しかし、今そのような形式論を唱えていては、平和のために努力し合うという信頼関係は構築できないだろう。まして、佐渡金山の世界遺産申請でさらに紛糾の種を増やすなど、愚かである。韓国の政権交代を契機に、日本から東アジアの平和のための話し合いを提起してほしい。
山口二郎|法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr)