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「押し寄せる人々、もう限界」…被災者の宿泊施設も、葬儀場所も足りないカトマンズ

ビスラム・バスネットさん(35)の家族が3日(現地時間)、カトマンズのグプテシュル寺院の建物の横に設置された仮設テントで祭祀を執り行っている=チョン・ボンビ記者//ハンギョレ新聞社

 「ここはティムレ地域の人しか入れません」

 ネパール大洪水の発生から9日目を迎えた3日午前、一人の女性が被災者の仮宿泊所として使われているカトマンズの仏教寺院、ムスタン・ゴンパを訪れた。肩にはリュック、手には荷物を抱え、疲れているのは明らかだったが、寺院の厚い鉄の門はついに開かなかった。破壊された彼女の故郷が、この寺院に受け入れてもらえるティムレではなく、ヌワコット地域だったからだ。女性を制止した寺院の関係者も、大災害を前にして慈悲をかけられない現実を嘆いた。「今ここはティムレの被災者だけでも飽和状態です」。女性はあきらめて去って行った。

 ネパール大洪水の被災者と犠牲者の遺族が首都カトマンズに押し寄せているため、彼らを受け入れる保護施設や葬儀を行う宿泊施設も限界に達している。家族の遺体を探して、葬儀のために、行く当てがないため首都に押し寄せた人々は、身を横たえる場所を求めて悲しみに満ちた街をさまよっている。

 この日、ハンギョレが訪ねたカトマンズの複数の寺院の置かれた立場は、ほとんどがムスタン・ゴンパと変わらなかった。受け入れる被災者の数を「地域」を基準として制限したり、他の寺院に分散させたりしつつも、日々減っていく資源を心配していた。ムスタン・ゴンパから車で10分あまりのイエロー・ゴンパは、つい最近までティムレの400人の被災者を収容していたが、スペース不足で一部の人々を別の寺院に移したと語った。同寺院の関係者は「残された食料や救援物資を考えると、それでも厳しい」と訴えた。

 ネパールの人々がカトマンズに押し寄せるのは、「葬儀手続き」も理由のひとつ。死者の遺体が大きな病院のあるカトマンズに運ばれるため、葬儀もカトマンズの寺院で執り行わなければならないからだ。ヒンドゥー教の葬儀は13日間続く。遺族はその間、外部との接触を減らし、祭祀を執り行いながら滞在場所を確保しなければならない。葬儀の間に滞在する宿泊施設(キリアプトリ・バワン)を提供するマハデブ寺院の関係者は、「17部屋あるが満室だ。ラスワ、ヌワココット、ダディンのような、洪水被害が深刻な地域の家族」だとして、「葬儀場所を問い合わせに来る人が一日10人以上いるため、限界だ」と語った。

3日(現地時間)、カトマンズのマハデブ寺院内の宿泊施設の利用者名簿が埋まっている=チョン・ボンビ記者//ハンギョレ新聞社

 窮余の策として「テント」を宿泊施設兼葬儀場所にしている人々にも多く出会った。ビスラム・バスネットさん(35)はカトマンズにあるグプテシュル寺院の許可を得て、寺院の建物の横にテントを張って過ごしている。バスネットさんは大洪水で祖母、祖父、母、父、叔父ら7人を失った。バスネットさんは、2本の柱を黒いテントで囲んだスペースを指し示しながら、「部屋のない者が祭祀を執り行うための場所」だと語った。そして「食べ物が極端に不足しており、あるのは横になる場所だけ」と語った。

 グビンダ・ボタライさん(45)は知人を通じてマハデブ寺院の部屋を1つ借り、洪水で失った弟と義妹の祭祀を甥とともに執り行っている。「運良く」葬儀中に滞在できる場所を見つけたが、問題はその後だ。帰るべき家と村は破壊されてしまった。ボタライさんは「すぐには復興しないだろうし、葬儀が終わったらその後に過ごす場所が問題」だと語った。

 家や村を失い、身を横たえる場所を探して転々とし、最後の儀礼の場すら見つけられない被災者を見て、難を免れたネパール人も悲痛な思いを語った。洪水の直撃を受けた「アッパー・トリシュリ-1」水力発電所で今年3月まで働き、退職後は民間で救援活動に当たっているチョリンラマさんは「今も働いていたら私も死んでいた」と語った。そして悲しみ、恐怖、怒りの入り混じった感情を吐露した。

 「最初は気候変動の危険性を実感しました。その後はなぜネパールがこんな苦しみを味わわなければならないのかという思いがこみ上げてきました。悲惨な遺体は毎日目にするし、遺族の悲しむ声は絶えることがありません。多くの化石燃料を使う国々にはこの光景と声を心に刻んでほしい」

カトマンズ/チョン・ボンビ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/1276151.html韓国語原文入力:2026-09-03 19:16
訳D.K

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