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中国,華西村, 社会主義+資本主義=‘武陵桃源’

原文入力:2009-10-08午後02:46:44
中国,江蘇省,華西村を行く
所有・福祉は社会主義、金儲けは市場経済活用
31年前に作った共同所有華西グループで73億ドル収益

パク・ミンヒ記者

←中国最高の富者村である江蘇省華西村、列をなして立ち並ぶヨーロッパ式邸宅は村が住民たちに無料で分配したものだ。‘社会主義新農村’の成功モデルに挙げられるここは今や中国全域から観光客が訪れる名所となった。

中国,江蘇省,江陰市,華西村は中国人たちが夢見る‘武陵桃源’だ。
村に入れば中心には15層のチンタ(金塔)ホテルがそびえ立ち、きちんと整頓された街路樹の間を走る道ごとに赤い屋根の洋式2階建ビラが列をなしている。邸宅は建坪400㎡~600㎡の規模で、駐車場には高級車が並んでいる。住民たちの平均年間所得は20万中国元(約3430万ウォン)。中国平均の10倍だ。村の一方には超大型デパートと公演会場、高級アパートなどとして使われる72階超高層建物‘空中新農村’工事が真っ最中だ。

華西村は‘社会主義共同体’を通じて中国一番の富者村になった。所有と福祉は徹底して社会主義システムだが、お金は市場経済を上手く活用して稼いだ。

1978年末、この村の住民1000人余りは個人の資産を‘進出企業’に投資し、これを共同所有にした。村のすべての資産と‘華西グループ’という大企業を共同所有した株主でもある村の住民たちは、毎年末に持分と労働実績により配当金を受けとる。昨年500億中国元(73億ドル)の収益をあげた華西グループ傘下には鉄鋼,アルミニウム,繊維,建設など60余の企業があり、この内一部は深圳証券市場に上場されている。だが、村はすべての世帯に家と車,無料教育・医療・養老恩恵を提供している。

1961年、狭苦しい荒蕪地から始まったこの村に‘社会主義模範農村’の奇跡を作った人は‘華西村の鄧小平’と呼ばれるウロンバオ(吳仁寶・82)前書記だ。彼は文化大革命の嵐が吹き荒れた1969年、秘密裏に住民たちを集め小さな金物工場をたてた。‘資本主義追従者’と名指しされ迫害も受けたが「住民たちが裕福で幸せになることが重要だ」として‘地下工場’運営を放棄しなかった。1979年改革開放が始まると、すでに市場経済の基盤を備えていた華西村の進出企業は高度成長を始めた。村生え抜きのチャオジュィン(41)は「幼い時期に4人家族が農作業をして部屋二間で貧しい暮らしをした」として「ウロンバオ前書記を中心に村の住民たちが団結し改革開放の機会をつかんで発展を成し遂げ今はとても幸せだ」と話す。

華西村は今や観光産業などサービス産業を通じた第2の跳躍を推進している。華西村の成功経験自体が最大の観光商品だ。年間200万人に達する観光客はチンタホテルの最上階展望台に上り‘社会主義新農村’の発展の姿に感心した後、ウロンバオ前書記の講演を聞く。

社会主義と市場経済を絶妙に結合し成功したが、原住民と農民工の間の貧富格差問題を抱えている華西村は中国式発展の縮小版でもある。この村の2万余の農民工たちに3万5000人余りの原住民たちが享受する潤沢な生活は‘絵に書いた餅’に過ぎない。ウショオン党書記は「外部の人も月給が全く同じで、外地の子供たちも同じように教育を受けることができる」と強調したが、株式配当金や莫大な補助金など原住民が享受する株主としての恩恵は受けられないと認めた。

華西村は中国農村を貧困から脱出させる発展モデルとなることができるだろうか? これに対しウロンバオ前書記は「華西村の発展はここの特色を生かした結果だ。他の地域は‘事実を知り是非の判断’により自分たちの特性に合う道を探してこそ発展することができる」と話した。華西村(江蘇)/文・写真パク・ミンヒ特派員minggu@hani.co.kr

原文: https://www.hani.co.kr/arti/international/china/380842.html 訳J.S