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日本のピンク映画監督はなぜ「金子文子」の映画を作ったのか

『金子文子 何が私をこうさせたか』でソウル国際女性映画祭訪れた浜野佐知監督
浜野佐知監督の作品「金子文子」=ソウル国際女性映画祭提供//ハンギョレ新聞社

 『痴漢電車 あぶない隣人』、『熟女ヘルパー 癒しの手ざわり』…『金子文子 何が私をこうさせたか』

 前の2本の映画はポルノ映画であることが予想でき、『金子文子』は独立運動家朴烈(パク・ヨル、1902~1974)のパートナーだった人物、金子文子を描いた伝記映画だ。これらの映画がいずれも1人の人物が監督した作品だと言われたら、信じられるだろうか。

 26日に閉幕したソウル国際女性映画祭に新作『金子文子 何が私をこうさせたか』と高齢女性の欲望を描いた『雪子さんの足音』(2019)を引っさげて訪韓した日本の映画監督、浜野佐知さん(78)こそ、まさにその人だ。1971年にピンク映画でデビューし、これまでに300本以上の映画を制作してきた浜野監督に25日、ソウル西大門区のメガボックス新村でインタビューした。

 「映画が終わってから、客席に金子文子を知っているかと聞いたら、多くの方が手をあげてくれました。日本公開の際に同じ質問をした時はほとんどいなかったので、とても嬉しかった」。イ・ジュニク監督の映画『朴烈』(2017、日本版のタイトルは『金子文子と朴烈』)は、韓国の観客に金子文子を知らしめるという大きな役割を果たした。浜野監督もまた、この作品を作るに当たって映画『朴烈』に「背中を押された」と語る。「『朴烈』では金子文子が主人公の朴烈のパートナーとしてのみ紹介されていたのが残念でした。あの人の非凡な生と独自に発展させた思想をきちんと伝えなければという思いで映画を作り始めました」。作品は、朴烈と金子文子が爆弾による日本の皇太子の暗殺を計画したという納得しがたい容疑で死刑判決を受けてから、金子が自らの意志でこの世を去るまでの121日を描いている。「既成の体制のすべてをぶち壊そうという彼女の意志に同じようなものを感じた」と語る浜野監督は、金子が獄中で残した自叙伝『何が私をこうさせたか』にもとづき、彼女の短い人生をスクリーンで再構成した。

映画の撮影現場での浜野佐知監督=ソウル国際女性映画祭提供//ハンギョレ新聞社

 時代の先を行った女性との同質感を抱いた浜野監督がピンク映画で映画界入りしたというのは、皮肉でありながら必然的にも感じられる。「私が映画をやると決めた時、東宝や松竹のような大手映画会社は大卒の男性社員しか採用していませんでした。働ける場所はピンク映画しかありませんでした」。ピンク映画は性愛を扱う低予算ジャンル映画だが、周防正行、黒沢清、崔洋一ら、大衆映画や作家主義の監督たちが通ってきた道でもある。

 しかし、若い女性監督にとってピンク映画の現場は生易しい場所ではなかった。「女が作るピンク映画を見て男が興奮するわけがないと言われて、制作者に勝手に私の本名の『佐知子』から『子』を取られてしまって、ひどい目にあいそうになったことも何度もありました。3年ほど現場を離れたこともありました。そんな自分の置かれた状況を嘆いて不満をぶちまけたら、仲間にこう言われたんです。『あなたがやろうとしているのはフェミニズムだよ!』 。その道で自分の会社を設立して、そう言ってくれた仲間と一緒に自分の作りたいピンク映画を作りだしたんです」。こうして1985年に制作会社「旦々舎」を設立し、女性を欲望の対象ではなく欲望の主体として描くピンク映画の制作を開始。ピンク映画界の多くの女性俳優が彼女の作る物語と搾取的でない演出手法に共感し、積極的に出演してくれた。浜野さんは「シスターフッド(女性連帯)こそ、私がピンク映画を愛し、作り続ける理由」だと語った。

25日、ソウル国際女性映画祭が開催されているソウル西大門区のメガボックス新村でインタビューに応じる浜野佐知監督=ソウル国際女性映画祭提供//ハンギョレ新聞社

 浜野監督は、ピンク映画ではない本格的な女性映画を作り始めたきっかけを語ってくれた。1997年の東京国際女性映画祭で、劇映画を最も多く作った女性監督として6本を制作した田中絹代が発表されたことだった。「それまでに200本以上の映画を作ってきた自分は、映画界に存在しない、否定される存在なのだという自覚」こそ、彼女を別の作品世界に目覚めさせたのだ。女性作家尾崎翠の生涯を描いた「第七官界彷徨 尾崎翠を探して」(1998)を皮切りに、老年女性の性と愛をテーマにした「百合祭」(2001)、実在する女性文学者たちの愛を描いた「百合子、ダスヴィダーニヤ」(2011)などを発表してきた。

 金子文子の死から100年を迎えた今年、浜野監督は「日本社会に爆弾を投げつける気持ちでこの映画を公開した」と語った。「日本で生まれ育ち、日本がこれほどまでに危険だと感じるのは初めてです。政治がうまく機能しない時に抵抗する韓国社会が非常に羨ましかったのですが、日本でも近ごろ、内閣の辞任を求める集会が毎週行われています。若い女性たちがこの映画を見てもう我慢しないと言ってくれたら、それ以上の喜びはありません」

キム・ウンヒョン先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/1274989.html韓国語原文入力:2026-08-27 18:01
訳D.K

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