「1980年代の香港映画の全盛期には年間200本の映画が作られていましたが、今は20本も難しい状況になっています。こういう時こそ、映画界の先輩としての経験や資産を若い人たちと分かち合うべきだと思います」
1990年代末の韓国映画に吹いたニューウェーブの風よりも20年も前に、アン・ホイ、ツイ・ハーク、ウォン・カーウァイらがけん引した香港ニューウェーブがあった。香港ニューウェーブは韓国の若手監督たちに影響を与え、韓国映画の発展の刺激となったが、1990年代末に衰退し、韓国映画産業の反面教師ともなった。
過去の栄光が失われた廃墟(はいきょ)で芽を育てている香港映画の現在を語るため、スタンリー・クワン監督が来韓した。同氏は香港ニューウェーブの第2世代を代表する監督とされ、『ルージュ』(1987)や『ロアン・リンユィ 阮玲玉』(1991)など、女性心理を描いた卓越した作品で世界的な注目を浴びた。5日まで開催されている香港フィルムガラプレゼンテーションで、上映作『ルージュ』の演出かつ新人監督作品のプロデューサーとして韓国の観客と対面したクワン監督に、同イベントが開催されているソウル光化門(クァンファムン)のエム・アートスペースで先月28日にインタビューした。
「香港の放送局TVBで演技の授業を受けている時に業界入りしたんですが、その時にチョウ・ユンファと授業が一緒で、ジョニー・トー監督なども同窓でした。放送局での縁から、アン・ホイ監督やツイ・ハーク監督と共に働きながら、撮影技術や俳優とのコミュニケーション方法など多くのことを学びました。世代間の継承が香港ニューウェーブを花開かせたといえるでしょう」
クワン監督がそう言うと、共に来韓した『男たちの挽歌』の脚本家、チャン・ヒンカイさんが口をはさんだ。「私たちの世代の映画業界への進出は、基盤を築いてきた上の世代が作ってくれた機会です。そのような面で、今の世代の監督たちが直面している困難は私たちの過ちが原因ではないかと考えています」。チャンさんは「私たちの世代の経験と若い世代のエネルギーが手を取り合えば、香港映画の黄金時代が再来するのではないかと期待しています」と付け加えた。
2人の強調した「継承」は、実際の香港映画の再飛躍に向けた政府の支援プログラムとして実現しつつある。2人やピーター・チャン監督ら、経験豊富な10人のスター監督、脚本家、プロデューサーが新人を発掘し、作品の完成まで共にする「パッシング・オン・ザ・トーチ」だ。このプログラムを通じて、クワン監督がプロデューサーを務めた『私の愛のかたち』、チャン・ヒンカイさんがプロデューサーとしてかかわったロマンティックコメディー『ラブ・ライズ』などが国内外の映画祭で注目を集め、今回の香港フィルムガラプレゼンテーションを通じて韓国の観客にも公開された。
パク・チャヌク監督やイ・チャンドン監督の作品が好きだというクワン監督は、香港ニューウェーブの背中を追って来た韓国ニューウェーブについて「香港映画のスピード感とハリウッド映画の特徴を吸収し、素晴らしい成果を上げた」と述べつつも、「近年の韓国映画の危機のシグナルは、香港の轍(てつ)を踏んでいる感がある。韓国も先輩監督が後輩を助けることで、韓国映画ならではの独特な視点が受け継がれていけば意味があるだろう」と提言した。
2人は『ルージュ』と『男たちの挽歌』で主演を務め、亡くなってから20年がたった今も韓国のファンの記憶に残っている俳優、レスリー・チャンについても回想した。クワン監督は「私は俳優とコミュニケーションを取る際には目を真剣に見ているが、レスリー・チャンは誰と何を話していても常に目を合わせ、誠実に相手を見つめていた。その眼差しは今でも忘れられない」と回想した。チャン・ヒンカイさんは「彼が亡くなる1年前に、映画の演出をしたいと言ってシナリオを頼んできた」、「書きかけのシナリオはまだ手元にあるが、最近もたまにそれを開くと彼と話した時のあの感覚がよみがえる」と懐かしがった。