人間にもっとも固有の特性の一つである言語が、いつどのようにして始まったのかについては、依然として謎に包まれている長年の未解決問題だ。これまで、道具の使い方を教えたり、日常的な協力や外部からの侵入に対する警告など、さまざまな実用上の必要性が言語を発達させたとする見解が示されてきた。しかし、チンパンジーやゴリラなど他の霊長類は、言葉を話さず身振り手振りだけで、生存に必要な様々な課題を難なくこなしている。
米国セント・アンドルーズ大学とダートマス大学の共同研究チームは、人間が精巧な言語を開発することになった決定的な契機はたき火だった可能性があるとする興味深い仮説を、国際学術誌『王立協会紀要B』に発表した。日没後にたかれたたき火が人々を集め、言葉を交わすきっかけとなったというのだ。
かつてダーウィンは『人間の由来と性に関連する淘汰』(1871年)の中で、火を「言語を除くと、人間が成し遂げた最も偉大な発見」だと述べた。この新たな仮説は、これまでの研究やたき火の光に関する測定結果などを根拠に、人類の進化に多大な貢献をした火と言語、この二つの要素が互いに密接に絡み合っていると指摘している。
研究チームによると、アフリカに生息するケナガチンパンジーは140種類、マウンテンゴリラは120種類を超える豊富なジェスチャーの体系を持っている。また、一つの動作が状況に応じて複数の意味を持つこともある。彼らは道具の作成、共同での狩り、社会的関係の維持など、言語が必要だと考えられてきたさまざまな活動を、言語を使わずジェスチャーだけでこなしている。
そのようなコミュニケーション体系は、今も人間に残っている。人間の幼児も、言葉を学ぶ前は霊長類のように身振り手振りを自然に使う。大人も、他人が身振り手振りで伝えようとしている意味を直感的に察知する。
研究を主導したセント・アンドルーズ大学のキャサリン・ホバイター教授(心理学および神経科学)は、「数十年にわたる他の種を対象とした研究を通じて、私たちは互いに学び合い、いつどこで餌を調達するかを計画し、道具の使い方を習得し、狩りで連携するのに言語は必要ないことが分かった」とし、「人間の言語は、何らかの実用的な目的のために進化したものとは考えられない」と述べた。
■たき火の明滅と脳のデルタ波、唇のリズムが一致
ならば、人間が言語を発達させるようになったきっかけは何だったのだろうか。
研究チームは、190万~180万年前に人類が火を使い始めた時期に起きた、人間の生活の変化に注目した。
一つ目に、火を使うようになったことで、起きている時間が長くなった。日没後も互いに顔を合わせ、コミュニケーションをとれるようになったのだ。狩猟採集社会研究の権威であるユタ大学のポリー・ウィズナー教授(人類学)の2014年の研究によると、火は1日の活動時間を平均4時間も延ばした。研究チームは「たき火は青色光をほとんど放出しないため、睡眠に悪影響を与えることなく、1日を延長することができる」と明らかにした。
二つ目に、たき火を囲んで座るようになったことで、視覚的なコミュニケーション環境にも大きな変化が生じた。たき火から遠く離れていたり、炎の光でさえぎられたりすると、身振り手振りを細かく把握することが難しかった。しかし、声ならこうした障害を越えて、全員に届いた。これにより、視覚的な身振り手振りに代わって、聴覚的な声がコミュニケーションのための代替手段として台頭することになった。
もう一つ注目すべき点は、キャンプファイヤーの炎の物理的特性だ。キャンプファイヤーの炎は静止しておらず、絶えず動いている。研究チームが高速カメラで測定したキャンプファイヤーの最も強力な炎の点滅は、1.4~2.7ヘルツ(1秒あたり3回未満)だった。研究チームは「炎がちらつく速度は、注意や記憶を司る脳波であるデルタ波(0.5~4ヘルツ)の領域にあり、人が話す際に唇や口が開閉するリズム(2~7ヘルツ)と正確に重なる」と明らかにした。これは、光のちらつきが相互の絆を形成するのにも役立つ可能性があることを示唆している。研究チームは、光そのものが意思伝達の手法に影響を与えたのであれば、光の点滅は話す速さに影響を与えたと推定した。
■火の使用時期と脳の言語領域の発達時期が一致
最後に、たき火の前でのコミュニケーションの内容が変わった。狩猟採集社会を研究してきた人類学者たちは、かねてより昼と夜の会話内容が明らかに異なる点を発見していた。昼間は土地や食糧問題など仕事に関連する話が大部分を占めるが、たき火の前では会話のかなりの部分が、神話や武勇伝のような語り(ストーリーテリング)に変わるというのだ。研究チームは、まさにこのたき火を囲んでの語り合いの時間こそが、複雑な言語体系を発達させる役割を果たしたのではないかとみている。
人間が火を使い始めたと推定される時期は、言語の生成や発音を担う前頭葉のブローカ野など、言語に関連する脳領域が進化した時期(200万~150万年前)とも一致する。これは、火を扱うことと人間の言語能力の発達が互いに密接に絡み合いながら進んだことを示唆している。
今回の研究は興味深い内容を含んでいるが、実験ではなく理論の論文であるという限界を抱えている。したがって、証明されたわけではない。しかし、研究チームは具体的な測定を通じて「たき火理論」を検証できると主張している。研究チームは今後、物語を語る際の発話速度やパターンが日常会話とどう異なるか、たき火の明かりのもとで身振り手振りを読み取る能力がどの程度低下するか、そして、語り手と聞き手の脳波やリズムがどのように同期するかなどを検証していく計画だ。
今回の研究は、たき火を過度にロマンチックなものとして美化する危険性もはらんでいる。しかし、研究チームは、「検証可能な予測を慎重に構築し、批判的に検討すれば、人間の言語の起源について新たな方向性を提示できるだろう」と述べた。
*論文情報
Firelight and the origins of spoken language
doi.org/10.1098/rspb.2026.0602