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韓国の若者の「右旋回」は生きられるようにしてくれというシグナル【寄稿】

登録:2026-07-17 01:19 修正:2026-07-17 09:31
ソウル汝矣島の韓国取引所広報館で、市民が電子掲示板を見つめている/聯合ニュース

 近ごろ、20~30代の政治・経済的選択に対して保守化だ、極右化だとレッテルを貼る傾向が強まっている。これは市場の自由を重視し資産の増殖に没頭する表面的な現象をイデオロギー的な尺度で解釈した結果であり、現象の裏をまったくみない短絡的な見方に過ぎない。今の若者たちの軌跡を描かせているのは、ご大層な保守イデオロギーではなく、流れをつかみ損ね自分だけが疎外されるかもしれないという強い不安、すなわち「FOMO(疎外不安)症候群」に駆り立てられている切迫した生存本能である。

 彼らにFOMO症候群が特に強く作用するのは、現在の20~30代が親世代の没落とセーフティーネットの実質的な欠如を同時に経験した初めての世代だからだ。彼らは成長過程で国際通貨基金(IMF)通貨危機やリーマンショックを相次いで目の当たりにし、国や企業、組織が危機的状況において決して個人を保護しないという痛ましい事実を繰り返し確認してきた。それ以降、彼らの前に形成されてきた世界の法則は残酷に明確になった。失敗は完全に個人の責任となり、再挑戦は当然の選択肢ではなく、極少数にのみ許される例外として固定化した。20~30代にとって競争からの一度の脱落は、すなわち永遠の離脱を意味するようになったのだ。

 このような過酷な条件の下では、個人は不条理な環境を自ら変える主体になることを放棄し、与えられた環境の中で何とか生き残るという受動的な個体へと転落してしまう。20~30代にとってFOMOは、単にチャンスを逃してはならけないというものではない。それは、少しでも遅れを取ったら終わりだという極端な崖っぷちの恐怖として機能する。

 ここで私たちは、ひとつの不都合な事実に直面する。既存世代の目には、今の20~30代は利己的で、短期的な行動様式を取っているように見えるということに、だ。記録的な株価上昇の中で、高金利に耐えながら盲目的ないわゆる「借金して投資」に突っ込んでいく現象も、その延長線上にある。しかし彼らの利己心や短期的な視野は、単なる欲望や道徳的堕落と規定することはできない。労働所得だけでは平凡な生活の基盤すら築くことが難しい構造の中で、人の利益に嫉妬し危険な借金を背負うそのすさんだ行為は、実際には明日に活路を見出すための避けられない防御機制だ。無知性と利己心は、断たれたはしごの上で繰り広げられる凄絶な生き残りのための戦いの武器となってしまったのだ。

 このような若者たちの不安をさらに鋭く増幅させるのは、既存世代との対立というより、世代内部で起きている痛ましい二極化だ。ソーシャルメディアを通じて24時間展示されるごく少数の華やかな成功神話は、平凡な若者たちに深い相対的剥奪感を抱かせる。特に、資金の有無によって投資の機会さえも根本から制限される不動産市場の参入障壁の高さは、個人の努力だけでは決して乗り越えられない構造的な挫折感を抱かせる。今、若者たちが既存の政治に投げかけている問いは、進歩と保守のどちらのイデオロギーが正しいかではない。自分が参加させられているこの残酷なサバイバルゲームのルールは果たして公正なのかという、本質的で血のにじむような抗議だ。

 真に懸念すべきは、彼らが追われるようにして飛び込んだ資産市場は、いつ崩れるとも知れない危険な砂の城であるということだ。崖っぷちで手を出した無理な借金や投資は、市場の小さな変動でも理性的な判断を一瞬でまひさせ、個人の生活を回復不可能な泥沼に引きずり込む恐れがある。これは単なる個人の失敗にとどまらず、信用不良者の量産と福祉への巨額の財政支出という社会的ブーメランとして返ってこざるを得ない。経済的自立の基盤を失った若者の増加は、国の将来の動力の永遠の喪失を意味する。

 したがって、政治は若者の偏り現象をイデオロギー的に裁断したり、票計算の道具にしようとしたりといった古い慣性を捨てなければならない。投資はやめろという空虚な道徳的説教は何の答えにもなりえない。政治はイデオロギーの色眼鏡を外し、彼らが足を踏み入れている経済的矛盾と恐怖を真正面から直視しなければならない。正直に汗を流したことの対価のみで明日の希望を設計できるよう、労働の価値を早急に復元するとともに、スタートラインが異なっていても機会のはしごに上れるようにする公正なシステムを再建しなければならない。

 若者たちが市場に対して投げかける振る舞いは政治的偏向ではなく、どうにかしてこの社会で生き残れるようにしてくれという切迫したシグナルだ。彼らが人のスピードや成功に押し流される恐怖から脱し、世の中の過熱した流れから外れることをむしろ完全に楽しみ、自分独自の軌跡を描く「JOMO(取り残される喜び)」の人生をおう歌できるよう、政治は今こそ妥当な構造的解決策を示すべきだ。

//ハンギョレ新聞社

チョン・スミ|崇実大学教授、弁護士 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/because/1268445.html韓国語原文入力:2026-07-15 19:25
訳D.K

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