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現代の反キリストとは誰か【寄稿】

登録:2026-07-06 09:06 修正:2026-07-06 10:52
5月25日(現地時間)、教皇レオ14世がバチカンで即位後初の回勅「マニフィカ・ウマニタス」(偉大な人類、Magnifica Humanitas)を自ら発表した。AI時代の危険性を警告し、人間の尊厳を守るべきだとする内容だ/AP・聯合ニュース

 こんにち、資本主義はデジタル封建主義に突入している。その結果、富とアルゴリズムによる権力が、利益を優先する人工知能(AI)を通じて、少数の巨大な技術独占企業に集中している。多くの人がこのような脅威のさまざまな側面を指摘してきたが、最も明確で幅広い洞察を提供しているのは、今年、回勅「マニフィカ・ウマニタス」(偉大な人類、Magnifica Humanitas)を発表した教皇レオ14世だ。

 教皇は、技術は決して中立ではなく、その技術を設計し、資金を提供し、規制する者たちの特性を反映するという認識から出発する。教皇は新たなエリートを批判する一方、AIをめぐる社会の共同責任を強調する。また、アルゴリズムの発展を市場の「見えざる手」に任せてはならず、新たなかたちの社会的行動が必要だと強調する。

 教皇が警告する反キリストの姿に最も近い人物は誰だろうか。答えは難しくない。自身に反対する者たちをことごとく反キリストだと攻撃するその人物、すなわち、ピーター・ティールだ。データ情報企業「パランティア」の創業者である彼は、国際機関や金融監督機関、技術規制を「反キリスト的な」世界秩序だと非難し、同時に、技術エリートが強力な統制力を行使するAIを中心とする政治秩序を支持している。これは、強力な企業には経済的自由を許容し、宗教と理念を通じて社会規律を維持する体制を意味する。このような体制は、自由という外見は維持するものの、アルゴリズムの影響力とデジタル監視を通じ、人間の行動をひそかに操作する。その結果、AIは解放の手段ではなく支配の道具となる。

 このようなビジョンは、AIを人間の責任のもとに置くべきだとする教皇の要請と真っ向から対立する。教皇はさらに進んで、AIに関する議論を根本的な哲学の次元に引き上げる。教皇は「アルゴリズムの最適化に還元できない人間性の核心は存在するのか」という問いを投げかけ、その答えを人間の存在を形づくる失敗と限界の役割に求める。「能力の欠如、病気、老化、苦痛、脆弱性は是正されるべき欠陥だとみなされるが、人間はこのような限界にもかかわらず繁栄しているのではなく、逆にその限界を通じて繁栄している。アルゴリズムにおける誤りは修正されるべき欠陥だが、人間における誤りは、深遠な変化を触発するきっかけになりうる」

 英国のロックバンド「アニマルズ」が歌って有名になったフォークソング「朝日のあたる家」(The House of the Rising Sun)を考えてみよう。歌の中の「家」は、酒場であったり、娼館であったり、賭博場や泥棒の巣窟であったりする。こうしたあいまいさは歌に強い響きを与えている。しかしAIは、このようなあいまいさを現実の一部として認識できず、確定的な答えが出ない状況を単なる失敗とみなす。

 人間の偉大さは、死、性、不完全性のような限界が存在するからこそ可能になる。技術を通じてあらゆる限界を取り除こうとする欲望は、失敗のない人間を想像するが、そのような人間は、AIに完全に没入し、精神的な生を可能にする条件を剥奪された存在にすぎない。人間は決して自分自身を完全かつ透明には理解できず、このような不透明性は、一時的な欠陥ではなく、存在の本質だ。完全性は不完全性に依存し、不完全性を完全に除去してしまえば、それが支えていた理想も同様に、ともに消え去ってしまう。

 人間の主体性は、解決不可能な他者性と、はてしない問いに直面することで、初めて形成される。限界は克服すべき障害物ではなく、超越を可能にする空間を切り開く条件だ。キリスト教において、この洞察は神にまで適用される。キリストにおいて、神は完全な神となるために、有限かつ脆弱な人間になる。神性はあの高きところに存在するのではない。われわれは限界を持つこのみじめな世界のなかで、激しく戦うことによって、神性を実現することができる。

//ハンギョレ新聞社

スラヴォイ・ジジェク|リュブリャナ大学(スロベニア)、慶煕大学ES教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1266793.html韓国語原文入力:2026-07-05 19:02
訳M.S

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