幼い頃に祖父に認められなかった子ども。早くに亡くなった母と、海外で過ごした学生時代。傷を乗り越え父の権力を継承したが、不安感は強い…生き残るために家族まで処断した彼は誰なのか。
「ニューヨーク・タイムズ」や「ガーディアン」などが最高のグラフィックノベルに選定し、世界的な巨匠の仲間入りをしたキム・グムスクさん(53)が、24日に新作を出す。巨大な歴史の真実を個人の物語として解き明かしてきたキムさんが今回選択した人物は、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長だ。休戦ラインを挟んでビラや汚物風船が飛び交う現実には似合わず、タイトルは親しみを込めた『私の友人・金正恩』だ。タイトルだけをみると評伝のようだが、実際には作者本人が主人公として登場するドキュメンタリー漫画に近い。『チスル』(2014)、『草』(2017)、『裸木』(2019)、『シベリアの娘、キム・アレクサンドリア』(2020)などの劇画で構成した前作とも違う作品だ。
当初は今年の冬にブラジル版を最初に出し、スペイン語版と英語版の順に出版する予定だったが、突然、6月のソウル国際図書展への出品計画を持って飛び込んできた韓国の出版社が現れ、韓国語版から出したという。つかみどころのない雲のように曖昧だった金正恩を作品として完成させ、肩の荷は下りたが、読者がどのような反応を示すのかとても気になるというキム・グムスクさんに17日午前、電話でインタビューした。
兄の金正男のフランスの友人らにインタビュー
幼い頃からの南北の変化像までを加える
「金正日とは違い、交代が頻繁なバスケの監督タイプ」
「兄の金正男は女好きなのが問題」との証言も
作品を初めて構想したのは、2年前に作者のサイン会のために欧州を訪問し、スイスのローザンヌに滞在していたときだった。1984年生まれの金正恩は、1996年に北朝鮮が大飢饉に直面したとき、妹のキム・ヨジョンと一緒にベルンに送られ留学生活を始めたが、その頃フランスに留学中だったキム・グムスクさんもレマン湖に沿ってベルンを旅行したことがあった。そこで一瞬すれ違ったかもしれない縁を思い出し、金正恩を人間的に掘り下げてみたいと考えた。
『私の友人・金正恩』では、作者が金正恩を探求するために専門家と会ってインタビューを進める過程を追う。ハンギョレの北朝鮮専門記者のイ・ジェフン記者や世宗研究所北韓研究センター長のチョン・ソンジャン氏に会い、脱北女性や金正恩の異母兄である金正男(キム・ジョンナム)のフランスの友人、文在寅(ムン・ジェイン)前大統領などを訪ねていく。文前大統領は作者の長い手紙を受け取った後、秘書を通じて「すべてのインタビューを断っている」という意向を示しながらも、「一度訪ねて来なさい」と答え、約束を取り付けることができた。そのような過程で、金正恩国の幼少期や留学生活、金正日(キム・ジョンイル)国防委員長の死亡、粛清、トランプ大統領との交渉など、北朝鮮の歴史と南北関係の変化像が繰り広げられる。
興味をかきたてられるインタビュー対象者の一人は、暗殺された金正男と親しかったフランスの友人だった。その友人は金正男について「女好きで、外国人の女性記者に魅了されるとどんな話でもすべて話してしまった。それが問題だった」とも証言した。「他の人には絶対に口を開かないのに、私には少し気楽にいろいろと話をしてくれました。まだ韓国で事業を営んでいて、常に身辺に脅威を感じているそうです。詳しい身元については尋ねることもできませんでした。初めは本人の顔に似せて描いたけれど、後で目と鼻と口をすべて消したくらいです。身元がばれてはいけませんから。脱北女性の方も、本人の話をするのを不安に感じているようでした」
金正恩は歌手のPSYに似ている。冒頭では、PSYのような金正恩のキャラクターが「オッパはカンナムスタイル、私は白頭スタイル」(金日成主席の直系血統だと称する白頭血統のこと)と歌いながら踊るかわいい場面が描かれている。その顔を絵で描くときにはどんな悩みがあっただろうか。「母親のコ・ヨンヒ氏は美人ですが、金正恩はコ・ヨンヒ氏の方に似ているようです。独特のヘアスタイルを強調して目と鼻と口を単純化しました」。全体的に色は紫と空色を主に使ったという。幼い頃に反共ポスターを描いたときには韓国と北朝鮮をそれぞれ青と赤で表現したが、2色をもう少し暖かい色に変えたかったとのことだ。
金正恩は、兄の金正男とおじのチャン・ソンテク(党行政部長)まで処刑した独裁者だ。しかも娘のキム・ジュエとともに登場し、4代目の世襲の後継者説まで浮上している。その一方で、先代に比べ戦略家の様相を呈していたりもする。たとえば、「映画好きだった金正日が映画監督に例えられるのであれば、バスケ好きだった金正恩はバスケットボールの監督で例えられる」という点は印象的だ。「映画監督の金正日」は最初から最後まで同じ人物を主人公に用いるが、「バスケ監督の金正恩」は試合でうまい選手を交替しながら戦略的に活用するという話だ。あの遠いハノイまで列車に乗っていきトランプと会談したことも、戦略家の姿なのかもしれないという。
ニューヨークタイムズ「最高のグラフィックノベル」に選出された巨匠
「反共」色より暖かい紫と空色を使用
「北朝鮮を相手にする日が多い20~30代に読んでほしい」
作者のキム・グムスクさんは、20~30代にこのマンガを一番読んでほしいと語った。若い人たちは統一に関心がないと言われるが、関心があると考えていると述べた。今後、北朝鮮を相手にしながら生きる日数がより長い世代だからだ。「休戦後70年以上にわたり、周辺の大国の状況や政権が変わるたびに、市民は不安になったり安堵したりしてきました。混乱があっても平和統一がなされ、もう不安の中で過ごすことなく、平和な交流ができるようになってほしい。ふたたび経済的・文化的な交流ができるのであれば、最高の成果になると思います」
キム・グムスクさんは現在、砲弾の音やヘリコプターの騒音が日常的に聞こえる仁川市江華郡(インチョンシ・カンファグン)のある村でフランス人の夫と暮らしている。近所には海兵隊の部隊がいる。近所の住民たちはあまりにも慣れたためか、不安もなく無感覚にみえるが、ミュージシャンである夫はストレスを強く受けている。2匹の子犬の「タングン」と「カムジャ」は、砲声が聞こえると犬小屋に隠れてぶるぶると震えて出られない。江華島では戦争が近い。キム・グムスクさんは最後にこう書いた。
「金正恩は1週間も置かずにミサイルを撃ち、南側は北朝鮮の挑発に何十倍で懲らしめるという。憎しみはより大きな憎しみを生み、嫌悪はより大きな嫌悪を生み、怒りはより大きな怒りを生むだけ。100年も生きられない人生。愛するだけでも、美しいものを見るだけでも足りない人生」