イラン南部のシーラーズから車で1時間半ほど要するパサルガダエは、一見すると取るに足りない遺跡だ。高さ2メートルほどの石墓と崩れた過去の都市の跡だけが寂しく残っている。ここは紀元前6世紀にイラン・エジプト・インド・中央アジアなどを合わせた「世界最初の帝国」であるアケメネス帝国を統治したキュロス大帝の墓と首都だ。キュロス大帝は、数多くの被征服者に特定の宗教と文化を強要することなく、包容の政治を行ったことで有名だ。
現在のイラン人にとって、キュロス大帝はひときわ特別な意味を持っている。イスラム統治体制が保守的な規律を強制することに反発するイラン人たちは、「真のイランの統治者は、キュロスのような人でなければならない」という考えから、パサルガダエに集まりデモを行ったりする。21日に訪問したパサルガダエでも、ヒジャブを着けず、胸に手を当ててキュロス大帝の墓に向かって敬意を示す女性に会うことができた。
昨年9月、ヒジャブを着用しなかったという理由で亡くなった女性マフサ・アミニさんを追悼し、イラン各地で起きた「女性、人生、自由」のデモは今は止まっている。強硬な鎮圧によって多くの人が命を失い、牢屋に送り込まれた。国外に亡命しなければならなくなった女性も少なくない。だが、沈黙の中での抵抗は続く。街頭のあちこちで、ヒジャブを脱いでいたり、ヒジャブを首にかけただけで髪を出す多くの若い女性たちの姿は、「変化を望む」という断固たる宣言であるかにみえる。イスファハーンで会った商人のホセインさんは「今の状況は灰のようなもの。火種は灰の下にあり、いつかまた広がる。なぜなら、今の現実に皆が怒っているからだ」と述べた。40代の女性教師は「アミニさんの一周忌である9月が重要な契機になるだろう」と用心しながら語った。
2018年、米国のトランプ大統領(当時)が核合意を一方的に破棄し、イランに対する経済・金融制裁を強化して以来、イランの庶民の暮らしは非常に苦しくなった。だが、特権層や富裕層にとっては、制裁はそれほど悪いものではない。政府、特に軍隊と結びついている人たちは、密輸などで儲ける機会が増え、外国企業が消えた市場ではイランの大企業がより多くの利益を得ている。高級デパートやレストランは制裁のもとでますます華やかになった。「宗教・軍・産業複合体」はよりいっそう強固になった。
制裁と米国の圧力に対抗するため、イラン政府は中国と全面的な戦略協力協定を結んだ。イランで高い人気を得ていた韓国企業と製品が米国の制裁によって撤退して生じた空白は、中国の製品と企業が埋めた。7月末、イスファハーン、シーラーズ、ヤズドにあるイランの歴史と文化を象徴する遺跡で出会った外国人旅行者の90%以上は中国人だった。
「中国化するイラン」から韓国は消えたようにみえる。韓国は、米国の制裁に従ってイランと関係を断絶し、韓国・イラン関係は危機に陥った。特に、韓国がイランから石油を輸入した代価として支払わなければならないにもかかわらず、米国の金融制裁のため引き出しができなくなり、5年以上にわたりウリィ銀行に凍結されている約70億ドル(約1兆円)をめぐり、対立が深まった。この資金を返すためには、米国とイランの核交渉が妥結され、制裁が緩和されなければならない。交渉は何回も妥結直前まで行っては決裂するのを繰り返している。韓国の代金支払いも引き延ばされ続けている。
街頭で出会うイラン人の民心は異なる。韓国人だと言うと「コレ・ヘイリ・フベ(韓国大好き)」と言ってほほ笑む。若い女性たちは韓国語で話しかけてきて、韓国について喜んで語る。イランで旋風を起こしたドラマ『朱蒙(チュモン)』『宮廷女官チャングムの誓い』からBTSまで続いている韓国文化に対する好感は蓄積されている。米国・中国・ロシアなどの強大国とは対照的に、韓国は「脅威ではない先進国」というイメージが強い。イラン・中国両政府の「反米連帯」にもかかわらず、押し寄せる中国の観光客や企業に対するイラン人の感情が冷ややかなこととも対照的だ。
韓国はまたイランとの関係を修復することができるだろうか。米国とイランの交渉妥結と制裁緩和がなければ難しいのが現実だが、その隙をぬって韓国は「脅威ではない謙虚な先進国」外交を発展させ続ける必要がある。8500万の人口を抱え、中東で歴史・文化的に最も深い底力を持っているイランにつながる道を断ってしまってはならない。
イランだけでなく、中央アジアや東南アジアなどにおいて、韓国は植民地支配と戦争を打破して立ち上がった「製造業と文化の先進国」として好評を得ているが、当の韓国は「朝鮮半島と4強外交」を越えて様々な国とどのような関係を結ぶのかについて無関心だったり、傲慢な偏見を示している。1月にアラブ首長国連邦(UAE)を訪問した尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が「アラブ首長国連邦の敵であるイラン」と発言し、イランの反発を呼んだのは象徴的だ。尹錫悦政権は、前政権の外交を「南北関係にだけ偏った親中・親北朝鮮外交」だと非難するが、現政権は「米国の設計図」に出てこない韓国自身の外交をどのように進めるのかについては努力しているのだろうか。「グローバル中枢国家」という傲慢なスローガンよりも、これまで無関心だった地域の歴史と現実について、もっと真剣に学び接点を広げていく謙虚で包容的な外交にこそ、韓国の道があるだろう。
パク・ミンヒ|論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )