世界中から取材陣が集まる中国・北京のメインメディアセンター(MMC)1階には、大型スクリーンが設置されている。様々な取材日程に追われているせいか、普段はスクリーンの前で足を止める姿はあまり見られない。しかし、8日午後は違っていた。取材陣を含め、ボランティアまで約100人がスクリーンの前に集まった。フィギュアスケート男子シングルのショートプラグラムに出場した羽生結弦(28、日本)の演技が映し出されていたからだ。
羽生は今大会最高のスターだ。開催国の中国でも羽生の人気はすごい。香港の「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」は11日付で、羽生がフリーの演技をした日(10日)、中国内の反応が爆発的だったと報じた。同日、羽生の試合が行われた後の2時間、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」では、1位を含め人気「トップ10」の掲載物のうち3つのハッシュタグが羽生と関連したものだった。
羽生がこのように愛されているのは、彼がメダルと関係なく不可能に挑む選手であるからだ。実際、10日の微博でハッシュタグのランキング1位は羽生の4回転アクセル(4回転半ジャンプ)の試みに関するもので、約7万件の関連書き込みが上がった。クリック数も2時間で3億回を記録した。
4回転アクセルは、空中で4周半を回る高難度の技で、実戦ではこれまで誰も成功したことがない。五輪で4回転アクセルに挑むのは、事実上メダルを諦めるという意味だ。羽生は今大会で金メダルを獲得し、五輪3連覇を成し遂げた者として歴史に名を残すこともできた。にもかかわらず、彼はメダルより新しい挑戦に焦点を合わせたのだ。
羽生は10日、中国北京の首都体育館で行われたフリーの試合に出場し、1回目のジャンプとして4回転アクセルを試みたが失敗した。結局、今大会で総合283.21点を記録して4位に止まった。しかし、世界は挑戦し続ける彼の姿に熱狂した。真の五輪の精神を、身をもって示したわけだ。
一方、フィギュアスケート女子シングルの最高スターとされるカミラ・ワリエワ(16、ロシアオリンピック委員会)は、ドーピング規定違反で物議を醸している。女子シングル世界ランキング1位のワリエワは、今大会で有力な金メダル候補だ。ショートプログラム(SP)やフリー、合計点ですべて世界記録を持つまさに他の追随を許さない圧倒的な実力の持ち主だ。
しかし、ワリエワは昨年12月、ロシア選手権大会で採集したドーピングサンプルから禁止薬物成分のトリメタジジンが検出された事実が確認され、波紋を呼んだ。国際スポーツ仲裁裁判所(CAS)の決定で、紆余曲折の末に五輪出場は認められたが、スポーツの精神に反するという批判が高まっている。さらに、まだ16歳のワリエワは薬物使用の事実を知らず、ロシアのコーチ陣が薬物の使用に介入したという疑惑まで持ち上がっている。女子シングルに出場する選手の間では、「公正でない」という声もあがっている。
ロシアはすでにドーピング問題で懲戒を受けているため、「ロシア」という国名で五輪に出場することはできず、ロシアオリンピック委員会の資格で大会に参加するのも、そのためだ。薬物で作った記録ではなく、汗と涙が染み込んだ絶え間ない挑戦こそがスポーツの精神だという真実を、彼らはいつ気づくことができるだろうか。