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脱北民の息子、22歳の青年はなぜ栗飴を盗んだのか?

登録:2021-11-16 10:30 修正:2021-11-16 12:08
ゲッティイメージバンク//ハンギョレ新聞社

<韓国の法廷には窓がない。明るい光がさす法廷は映画やドラマの中だけに存在する。外部と遮断されたこの空間では、毎日多くの人々のため息と歓呼が交差する。数行の判決文によって平坦だった人生が大きく揺さぶられたり、自らにはどうすることもできなかった誰かの人生が転換点を迎えたりもする。誰も注目しない普通の人々の裁判は、隣人をもう少し深く理解する尺度となりうる。平凡な人々の裁判が開かれる法廷に小さな窓を開けようとする理由がここにある。>

 緑の囚人服を着た青年が法廷に入ってきた。太っても痩せてもいない普通の体格。幼い顔立ちの男性だった。彼は窃盗罪で起訴され、拘束されたまま捜査と裁判を受けてきた。キムさんはうつむいていた。傍聴席を見渡すと、彼を見に来た人は誰もいなかった。10月中旬、ソウルの法廷では公訴事実を朗読する検事の声だけが鳴り響いていた。

 はじまりは2000ウォン(約193円)の栗飴だった。22歳のキム・ジョンソンさん(仮名)は4月1日、ソウル永登浦区(ヨンドゥンポグ)の無人コンビニエンスストアで飴を盗んだ。空腹だったからだ。飴は口の中で長くしゃぶっているのに適していた。包装をむいて口に入れると、甘さが舌と鼻に広がった。酸味のまったくない飴だった。

 金が底をつくと別の無人コンビニを訪ねた。チキンなどの食事になる物に手を出しはじめた。そうこうするうちに結局、今年8月につかまった。4月から8月にかけて、彼は10回にわたって複数の無人コンビニで食べ物を盗んだ。彼の盗んだ食べ物の総額は15万ウォン(約1万4500円)だった。半月に1度、1万5千ウォン(約1450円)ほどの品を彼は無人コンビニで盗んだことになる。

 キムさんは拘束された。通常このようなケースでは当事者同士が和解し、盗んだ側が代金を支払うかたちで済まされる。正式な刑事手続きを踏んでも起訴猶予程度で済む。しかしキムさんは違った。一定の住居がなかったからだ。逃走の恐れがあるとの理由で彼は検挙され、拘束状態で捜査と裁判を受けていた。

 拘束は耐えられたが、問題は金だった。被害者のうちの一人のコンビニオーナーは、キムさんが盗んだ食料品価格3万8000ウォン(約3680円)に精神的被害に対する損害賠償を加え、200万ウォン(約19万3000円)を請求してもいた。裁判所は、窃盗罪に有罪判決を宣告する際に、職権または犯罪被害者などの申し立てにより、賠償命令を下すことができる。

 キムさんの弁護人は「検事の公訴事実をすべて認める」と述べた。しかし賠償命令に対しては、裁判所に棄却するよう要請した。「被害品の弁償は準備中だが、賠償の申し立てがあった金は現実的に用意することは困難」との理由からだ。

 キムさんはセトミン(「新しい土地での民」の略語で「脱北者」という呼び方を改めた言葉)の母親と中国人の父親の間に生まれた。母親は脱北して中国に渡り、そこで結婚した。5、6歳の時、キムさんは父親を亡くした。父親は多額の借金を残した。その金を返すために母親は韓国に入国して金を稼いだ。父親の親戚は、キムさんも韓国に行ってしまえばキムさんの母親は金を返さないだろうと考え、キムさんの韓国行きを阻んだ。だからキムさんは9年も母親と離れて暮らさなければならなかった。

裁判所/聯合ニュース

 長年の努力の末、母親は数年前、息子を韓国に呼ぶことができた。息子は韓国国籍を取得した。家族と共に暮らす喜びもつかの間、彼らの幸せは長続きしなかった。母親から離れて思春期を過ごした息子の心には「母は自分を捨てて一人で韓国に行ったんだ」という反感が深く根を下ろしていた。けんかして互いの心を傷つけた末、キムさんは今春に家出した。

 家出後、キムさんは事実上ホームレス生活を続けた。時々、飲食店などで日雇いとして働き、稼いだ金で寝床を得たものの、金が底をつくと再び街頭に出た。韓国語が流暢ではないため、安定した職を得て稼ぐことも難しかった。彼の事情に詳しい中国の友人が時々ウィーチャットなどのメッセンジャーで金を送ってくれてもいたが、毎回友人に頼ることもできなかった。金が底をつき、長い間食事ができなかった時、キムさんは店主のいない無人コンビニに入り、空腹をしのぐために飴を盗んだのだった。

 弁護人は同日の公判で裁判所に善処を訴えた。「キムさんは自らの犯行を深く悔いている。韓国語で話すことも書くことも苦手なため、職を維持することが困難だった中、最小限の食事を得ようという切迫した気持ちで行った犯行だという事情を理解してほしい」と述べた。そして「キムさんは今からでも被害者に心から謝罪し、母親との関係も回復したいと願っている。法の許す最も寛大な処分を認めてほしい」と付け加えた。検察は懲役1年を求刑した。

 裁判中ずっとうつむいたまま被告席に座っていたキムさんは、最終弁論で次のように述べた。「初めて法に背いてこの場に立ちましたが、おそらくこれが最後になるでしょう。被害者の損害は必ず賠償するようにします」。彼は顔を上げることができなかった。

 先週、キムさんの判決公判が開かれた。裁判所はキムさんに罰金900万ウォン(約87万円)を言い渡した。「犯行の経緯と回数に照らすと罪質は重いが、キム被告は犯行をすべて認めて反省しており、被害金額も15万ウォンと多いとは言えない」との理由からだ。キムさんは3カ月ほど拘束されていたため、10万ウォン(約9670円)を1日に換算して拘束期間を罰金から控除し、残った50万ウォン(約4万8400円)を支払えば済む。裁判所は、コンビニ経営者が申請した200万ウォンの賠償請求についても、キムさんに盗んだ品物の代金3万8000ウォンの賠償のみを言い渡した。キムさんは即時釈放された。ただ、残った罰金をどうやって用意するかは確認できなかった。すでに冬は始まりつつあった。

チェ・ミニョン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/1019446.html韓国語原文入力:2021-11-16 04:59
訳D.K

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