空気呼吸するオットセイやクジラが長い進化の過程で水中での生活方法を体得したとすれば、酸素ボンベを使わないフリーダイビングでは、訓練により生理的限界まで追いこむ長時間潜水をする。最新のセンサー技術を利用し、海でプロのフリーダイバーの潜水の過程を測定したところ、脳の酸素濃度は一般人であれば気を失う水準にまで低下し、心拍数はオットセイのレベルにまで減少することが明らかになった。
英国のセント・アンドリュース大学の海洋哺乳類学者であるクリス・マクナイト博士らの国際研究チームは、最高水準のフリーダイバー5人を対象に、深い海を17回潜水した場合、心拍数、血流量、脳酸素の濃度などがどう変わるのかを測定した。
長い呼吸をしてから冷たい水に跳び込むとすぐに、1分あたり120回だった心拍数は60回に減った。すべての脊椎動物が示す潜水反射だ。
呼吸ができなくなると、心臓の鼓動を減らして酸素の消費を減少させ、心臓や脳など必須の臓器を中心に血液を送るためだ。洗面器に冷たい水を入れ、顔を水面につけ鼻の穴に水が入ると、このような反射が起きる。
フリーダイバーが1分間潜水し水深58メートルに達すると、心拍数は36回に減少した。肺の中の空気が水圧で圧縮され浮力が落ち、この水深からは自然落下する。
1分54秒後、ついに海底の水深107メートルに到達した。心拍数は30回に減った。血中酸素は最初と同様に99%の水準を維持したが、70%だった脳酸素の水準は64%に下がった。他のダイバーでの実験では、心拍数は11回まで減ったりもした。心臓の鼓動が5.4秒に1回になったということだ。
水面に向かい浮上するために水をかくと、心拍数は60回に戻ったが、血中酸素は95%、脳酸素は63%と下がりつづけた。潜水開始4分後の水深30メートルで、サポートダイバーが登場した。酸素欠乏による致命的な失神を防ぐためだ。
ついに潜水4分36秒で水面に到達した。血中酸素は53%で、脳酸素も26%の水準だった。論文の筆頭著者であるマクナイト博士は「測定の結果、心拍数は1分あたり11回まで、血中酸素の水準は通常の98%の水準から25%にまで減少した。一般人が気を失う50%よりはるかに低く、エベレスト山の頂上で測定した値に似ている」と、同大学の報道資料で説明した。
研究者は、このような測定が可能なのは、額や腰などに付着したセンサーを利用した近赤外線スペクトル観測のおかげだと明らかにした。スマートウォッチに使われるものに類似したこの技術は、皮膚に接触させた発光LEDを利用し、心拍数、血流量、脳酸素の水準を測定する。
研究に参加したスウェーデンのミッドスウェーデン大学のエリカ・シャガテイ教授は「これまでは、このような深い潜水が、プロのフリーダイバーの脳や心血管系にどのような影響を及ぼし、どのように人間の生理的限界にまで追いこむのかはただ推察するだけだった」と述べた。
研究者らは、この研究が海洋哺乳類に対する理解だけでなく、心臓病患者の治療やフリーダイバーの安全のための警報システムにも役立つと期待している。この研究は、科学ジャーナル『フィロソフィカル・トランザクションズB』の最新号に掲載された。
引用論文: Philosophical Transactions B, DOI: 10.1098/rstb.2020.0349