本文に移動

[寄稿]新世代脱北者たちの証言

登録:2021-03-06 03:10 修正:2021-03-06 07:07

 中国、ロシアを経て今年韓国に渡ってきて定着した40代初めの脱北男性に会った。筆者が自己紹介すると「もうユーチューブで何度も見ているのでよく知っている」と言うので驚いた。国会議員時代の対政府質問や、テレビ番組に出演した時の発言のほとんどを覚えているのだから、なおさらだった。南側(韓国)の政治家たちが北朝鮮について何を言っているのか知りたくて、海外で動画をよく見ていたという。また、30代初めの脱北男性は、2年前に鴨緑江(アムノッカン)を渡った夜が忘れられないという。

 彼は、何か大切なものを置いて行くという気がして、何度も故郷の方向を振り返ったと語った。紆余曲折の末に韓国にやって来て、今は大学で行政学を学んでいる。彼らは、飢えや差別のために北朝鮮体制から弾き出され、仕方なく脱北を強行せねばならなかった以前とは、全く違う新世代だ。彼らは幼い頃、極限の食糧危機の中で苦難の行軍を目撃し、それが原因で仕方なしに緩和された社会統制の中で、初歩的な市場経済を経験した。自由と責任の原理をおぼろげながら学習した人々だ。最近、韓国に定着する脱北民の数は大きく減ったが、いま渡ってくる脱北民は、少数とはいえ韓国の体制の良し悪しをすべて把握している「賢い移住民」だ。個人の自主的な判断によって自ら境界線を越えており、今は飢えの解決ではなく新たな希望を必要としている。

 彼らが韓国社会に詳しいからといって、韓国体制に皆が溶け込んでいるとは考え難い。個人の能力によって序列が決まる「競争のはしご」から自分の地位が落ちることを恐れる集団不安の感情は、韓国の新自由主義が作り出した現象だ。青少年時代から競争の圧力に苦しみ、プライドを傷つけられて心理治療を受けなければならない韓国を見れば、精神的には北朝鮮住民の方が健康だと思う。うつ病とパニック障害に苦しむ喪失の時代、密かに広がる実存の危機は、見かけだけの自由の高いコストだ。

 これに比べて、もし配給システムがうまく作動して生活必需品がなんとか普及していれば、全体主義こそとても楽な体制だ。国家が望む努力さえすれば、生存は国家が責任を取ってくれるため、個人は実存の危機に直面しなくてもすむ。集団優先の原理に馴らされた人々にとって、最大の刑罰は個人の自由が与えられることだ。自由は自由を享受しようとする人にとってのみ祝福であるに過ぎず、それが何であるかを知らない人にとっては不安に他ならない。自由民として生きていなかった多くの北朝鮮住民は、韓国が裕福なことは知っているものの、プライドを捨ててまで羨むほどではないと思っている。だから、外部では北朝鮮体制が経済難に直面するとすぐに崩壊すると騒ぐが、まだ北朝鮮住民に混乱の兆しは見えない。少なくともこの点では、北朝鮮の全体主義は、世界的に類例のない、成功した体制だった。

 では今後はどうか。国際社会からの制裁と防疫によって閉ざされた北朝鮮体制は慢性的な供給不足に苦しんでおり、今年は困難が倍加する見通しだ。北朝鮮政権は体制の結束を固めるため、党幹部に対する思想教育と道徳教育を強化し、特に「市場(チャンマダン)世代」と呼ばれる新世代の幹部に対する教育に集中している。かつてのように党と首領に対する忠誠を強調するだけでは、20~30代の幹部を統制することはできない。何か利益を提示しなければならないのだが、それが難しいから、さらに多くの忠誠を要求して統制しているのだ。北朝鮮体制の最大の弱点は、物質的豊かさと自由に敏感な新世代幹部たちだ。彼らは、2年ほど前に文在寅(ムン・ジェイン)大統領が平壌の綾羅島(ルンラド)競技場の5万の群衆の前で平和を力説した姿も記憶している。それは北朝鮮の新世代にとっても大きな衝撃であり、新たな時代の希望を伝える鐘の音だった。当時はまるで新しい世の中が到来したかのようだったが、今は南北関係の悪化と経済的困難が待っている。では、あの時なぜ文在寅大統領を招いてあの大騒ぎをやらかしたのか。彼らは、自分たちの党指導部に疑問を抱いているのだ。

 韓国が北朝鮮の体制を変化させるには、まさにこのことに注目せねばならない。韓国は、北朝鮮の賢い新世代に2年前のあの希望を輸出しなければならない。軍事的圧力だけでなく、まともな希望をだ。北朝鮮に物質的繁栄と個人の幸せの可能性を伝えることは、一朝一夕には不可能だ。しかし、北朝鮮内でも改革の主体となるべき新世代たちは、徐々に希望を受け入れる準備をしている。

//ハンギョレ新聞社

キム・ジョンデ|延世大学統一研究院客員教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/985401.html韓国語原文入力:2021-03-04 14:28
訳D.K

関連記事