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[寄稿] 関東大震災が見せつけた憎悪と嫌悪の間

登録:2015-08-31 08:49 修正:2017-02-06 06:25

 『九月、東京の路上で』が韓国で翻訳された。韓国で“5月”が特別な響きを持つように、この本の“9月”にも、ある響きがある。昨年日本で出版され大きな話題を呼んだこの本は、もとは2013年9月にブログに連載された文だったのだが、著者がこだわった9月とは、1923年9月、つまり関東大震災の時に起きた朝鮮人虐殺を意味する。

 関東大震災当時の虐殺については、すでに多くが知られている。しかし、この本が伝えようとするのは歴史的知識とは質が異なる。「東京の路上で」という題名にも、2013年の東京の路上で広がった嫌韓デモの中で、1923年の東京の路上で起きた虐殺の残響を聞くことになった著者の経験が刻み込まれている。“歴史”が過ぎ去った“過去”ではなくなった瞬間、90年という時間の堆積で覆われていた地層が姿を現す事態を感じさせることが、この本の目的である。

 嫌韓デモで日帝強制占領期間に使われた「不逞鮮人」という単語が復活したように、嫌韓デモを行う者たちは軽々と90年という歳月を飛び越えた。これに対し著者は、自らもその90年を飛び越え、そこから再び始めるため私たちを9月の路上に招く。この本で私たちは軍や警察ばかりか、日本の民衆がどれほど残忍な姿を見せたか目撃することになる。彼と同じように朝鮮人を命を賭けて守ったり、虐殺された人の死体を収容して墓碑をたてた日本人たちの姿にも接する。この本で描かれる多くの場面の中で、虐殺された飴商人の墓碑をたてた日本人あんま師の話は最も感動的だ。路上で声だけを頼りに結ばれた彼らの関係は、視覚を通さない関係が持つ別の姿を見せる。

 この本は多くの感情を呼び起こすが、私に最も重く響いたのは、虐殺を犯した平凡な人たちが見せた強い憎悪だった。この本には朝鮮人を“敵”と呼んで虐殺しようとする者たちの姿が所々で登場する。著者が虐殺の原因を考察した部分でも、通りがかりの人を捕まえては「お前がうちの子を殺したんだろう、はやく生き返らせろ!」と刀を持って叫ぶ男の姿が登場するが、突然家族を奪われた彼らの、どこへ飛び火するかも知れない憎悪が虐殺に先んじていたという点は重要だ。

 暴動につながりかねないこの憎悪の力を恐れたからこそ、治安当局はその力が朝鮮人という弱者に向かうよう誘導し、日常の中ですでに朝鮮人に対する嫌悪を抱いていた者たちは、憎悪を嫌悪に結びつけ虐殺者にもなった。だが、憎悪そのものに他の可能性はなかったのだろうか。

藤井たけし・歴史問題研究所研究員//ハンギョレ新聞社

 憎悪について考える時、「金曜日には帰ってきてね」で見られるセウォル号遺族の話が思い浮かぶ。決して人を嫌ってはいけないと堅く信じて正しく生き、息子を奪われた遺族は、ローマ教皇のミサを通じて許さなくても良い、人を嫌ってもかまわないということを悟ったという。これが真実糾明のための運動の原動力になったように、憎しみには嫌悪と違う可能性がある。嫌悪がある範疇(人種、民族、性、階級等)を通じて作動するのとは異なり、憎悪にはある個別的経験から始まる具体性と整理されない感情を持つ身体性がある。まだどうなるとも知れない憎悪の力を統制し、ある範疇の中に固定させるのが嫌悪の機能だ。流動的な関係と結びついているため、愛へと反転させることもできる憎悪の可能性を、嫌悪は封じ込めてしまう。逆に言えば、どんな嫌悪の中にも憎悪の力があるはずなのだから、嫌悪で固まった憎悪の力を他の方向へと解きほぐすことはできないのだろうか。9月の路上は、その質問を投げかけている。

藤井たけし・歴史問題研究所研究員(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-08-30 18:32

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/706581.html 訳Y.B

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