金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記兼国務委員長が「10月初めから北南通信連絡線を復元する意思を表明した」と、「労働新聞」が30日付1面で報じた。また同紙は、金正恩委員長が「29日の最高人民会議第14期第5回会議の2日目の会議で、歴史的な施政方針演説『社会主義建設の新たな発展のための当面の闘争方向について』を述べられた」と報道した。
北朝鮮の唯一無二の最高権力者である金委員長が公の場で行った演説で南北直通連絡線の復元方針を明らかにしたことで、行き詰まっていた南北疎通の窓口が再開され、関係改善の突破口も開けるものとみられる。
南北直通連絡線は、文在寅(ムン・ジェイン)大統領と金委員長の親書交換を契機に、停戦協定記念日の7月27日、断絶から413日後に復元された。しかし、韓米合同軍事演習を非難した「キム・ヨジョン談話」が発表された8月10日午後の最後の通話に北朝鮮側が応じず、「不通」状態が続いてきた。韓国側は今も毎日朝夕に通話を試みている。技術的には北朝鮮側が電話に出れば、いつでも「再稼働」できる。
金委員長は「北南通信連絡線の復元」が「北南関係が一日も早く回復し、朝鮮半島に揺るぎない平和が宿ることを願う全民族の期待と念願を実現するための努力の一環」だと説明した。そして「今、北南関係は深刻な選択の岐路に立たされている」とし、「北南関係が新しい段階に発展していくのか、悪化状態が続くのかは南朝鮮当局の態度にかかっている」と指摘した。
一見すると、金委員長が「ボール」を韓国側に渡した形だが、今年1月の労働党第8回大会事業総和報告演説で明らかにした「立場」に比べると、注目に値する変化が現れている。労働新聞は金委員長が今回の施政方針演説で「北南関係を根本的に解決する上で、原則的な問題」として、第一に「言葉でなく実践で民族自主の立場を堅持すること」、第二に「根本的な問題から解決しようとする姿勢」、第3に「北南宣言を重んじると共に誠実に履行すること」を挙げたと報じた。1月にも3つを取り上げたが、2つは同じで1つが変わった。1月の「敵対行為の一切の中止」が、今回は「言葉でなく実践」に取って代わられた。3つをまとめれば「南北合意の誠実な履行と実践」を求めたわけだ。
もちろん金委員長は、「互いに対する尊重」と「二重的態度、敵対の観点・敵視政策の撤回」が「不変の要求」だとし、「終戦を宣言する前に、北南関係の収拾などのためにも先決されなければならない重大課題」だと強調した。にもかかわらず、金委員長が今回明らかにした対南基調において、昨年1月よりかなり緩和し前向きに変わったとみられる装置と可能性を残した部分は、特に注目される。
金委員長は南北首脳会談には直接触れていない。しかし、今回の施政方針演説は、大きな枠組みでキム・ヨジョン労働党中央委副部長の最近の2回の談話(24、25日)の基調を再確認している。「舌戦で無駄な時間を使う必要はない」とし、「南北首脳会談」を含む「関係回復と発展の見通しについて建設的に話し合う用意」があることを、「個人的な見解」として述べた「キム・ヨジョン談話」は、実は「金正恩の承認」の下で発表されたものと推測される。
韓国政府は「最近の北朝鮮の談話とミサイル発射状況を総合的かつ綿密に分析し、対応策を講じるように」という文大統領の指示を念頭に置いたように、期待感をにじませながらも慎重な反応を示した。国家安全保障会議(NSC)常任委員会は「10月初めに南北通信連絡線を復元するという北朝鮮の措置を評価し、南北間の懸案の協議解決のために速やかに対話チャンネルを復元すべきだという立場を再確認した」と明らかにした。また「軍事的緊張を高めることなく、朝鮮半島情勢が安定して維持されることがいつにまして重要だという点を強調した」と発表した。統一部は「金正恩委員長が自ら立場を表明したことから、南北通信連絡線の復元と安定的な運用が期待される」と明らかにした。大統領府高官は「肯定的な雰囲気の中でキム・ヨジョン談話とミサイル発射、金正恩委員長の発言を総合的に分析している」と大統領府の雰囲気を伝えた。
金委員長が今回の施政方針演説で明らかにした対米基調も、1月の演説と比較してみる必要がある。金委員長は「米国が「『外交的関与』と『前提条件のない対話』を主張」しているが、「敵対行為を隠すための見せかけ」であり、「歴代米国政府が追求してきた敵視政策の延長にすぎない」と批判した。大枠では「米国で誰が政権を握ろうと、米国という実体と対朝鮮政策の本音は絶対に変わらない」という1月の判断の延長線上にある。金委員長は1月には「対朝鮮敵視政策の撤回」を「新しい朝米関係樹立の鍵」として挙げ、「強対強、善対善の原則に基づき、米国を相手にする」と明らかにした。
しかし金委員長は、今回は対米政策の方向性を具体的には示さなかった。その代わり、「対外事業部門で共和国政府の対米戦略的構想を徹底的に執行するための戦術的対策作りに万全を期すべきという課業を提示された」と労働新聞が報じた。「米政府の朝鮮に対する動向、米国の政治情勢、急変する国際的な力関係」などを考慮し、対米政策を(軍ではなく外務省など)「対外事業部門」が用意するよう指示したという意味だ。「政策方向」が閉ざされていないだけでなく、基本的に「外交的解決策」を注文したものと見られる部分に留意する必要がある。
このように、金委員長が明らかにした対南・対米基調は、今年1月と比較して「緩和」された側面があり、単純化すれば「南北が先、米国は後」の基調と言える。南北協力で米国の友好的な対北朝鮮措置を引き出す余地があるかどうかを探ることを目指すものとみられる。何よりも厳しい制裁と、新型コロナの感染拡大を恐れた国境閉鎖の長期化で困難に直面した経済回復など「内政」に集中することに必要な最小限の「安定した外部環境」を確保しようとする戦略的意志が土台にあるようだ。金委員長は「人民に白米と小麦粉を保障すること」を強調し、「人民生活を安定・向上させること」が「現在最も重要で死活の革命課業」だと述べた。
金委員長が発信した「シグナル」に対する韓米両国政府の解釈と対応、差し迫った労働党創建76周年記念行事(10月10日)を金委員長がどのように行うかなどが、朝鮮半島情勢の流れに影響を及ぼす「短期的な変化要因」だ。10月10日を無事に乗り切れば、情勢の方向を対話と協力へと切り替えようとする南北の努力が加速化する可能性がある。
一方、金委員長は、新型コロナへの対応が「現在、共和国政府が最大に重視し、完璧を期さなければならない事業」だとし、「防疫対策のさらなる強化」を指示した。これを踏まえると、2020年1月末から続いている国境閉鎖の措置が、少なくとも当分は続く可能性がある。ただし「より信頼性があり、発展した防疫への移行」を注文した金委員長の指針が「国境閉鎖」に変化をもたらすかどうかも見守る必要がある。