ユン・ソクヨル前検察総長の29日の会見での記者団の最重要質問は、「なぜあなたが大統領にならねばならないのか」だった。ユン前総長は「傷ついた法治と常識を正すため」と答えた。正確な回答はすべて発言に含まれている。
「公職を辞して以降も、国民の皆様には辞任の不可避性をご理解いただき、絶え間ない支持と声援を送っていただきました。私はその意味を深く考えました。公正と常識を傷つけ、自由と法治を否定する勢力が、これ以上政権を握り続け、国民に苦しみを与えないよう、政権交代に献身し、先頭に立てという意味だったのです」
「国民が私を支持し続け、声援を送るのは、政権交代の先頭に立てという意味」というのだ。世論調査召命論だ。政権交代召命論だ。
ユン・ソクヨル前総長は、いつから大統領選への出馬を考えるようになったのだろうか。検察総長を務めていた際に大統領選のライバルたちを事前に排除しようとしていた、との主張は事実ではないようだ。検事時代に彼が口にした言葉には、「人には忠誠を尽くさない」「(私の)政務感覚は最低」などがある。政治家の発言ではない。彼は徹底した検察主義者だったのだ。
彼の検事人生が軌道から外れたのは、2019年のチョ・グク法務部長官候補に対する無理な捜査への着手によってだった。政権との対立が開始された。2019年末の世論調査からユン検察総長は野党の大統領選候補として名を連ねはじめた。
一桁台にとどまっていた支持率は、2020年10月の国会国政監査を機として二桁台に上昇した。ホン・ジュンピョ、アン・チョルス、ユ・スンミンら野党候補の支持率は地をはっていた。野党の代案の不在がユン前総長の機会として作用したのだ。
その後、チュ・ミエ長官が主導した検察総長の懲戒請求が、ユン前総長をさらに押し上げた。ユン前総長の認知度と支持率は共に上昇した。
今年3月初めの検察総長の辞任は「星の瞬間」だった。韓国ギャラップの3月第2週の世論調査で、ユン前総長の支持率はイ・ジェミョン京畿道知事と同率の24%に急上昇した(中央選挙世論調査審議委員会ウェブサイト)。
その後は、これまでのほとんどの世論調査で、イ・ジェミョンとユン・ソクヨルの二強構図が続いている。自動応答方式(ARS)の世論調査では、ユン前総長がイ知事をリードしている。
ユン前総長の未来はどうなるのだろうか。彼は世論調査によって呼び出され、世論調査に従って大統領選への出馬を宣言した。ゆえに、彼の未来も世論調査にかかっていると見なければならない。
いわゆる「Xファイル」疑惑が持ち上がって以降、ここのところしきりに下がっている数値は、彼にとって不吉な兆しだ。29日の大統領選出馬宣言によって挽回できるだろうか。容易ではなさそうだ。
29日の会見でユン前総長が使った表現は聞くだけでもぞっとする。「公正、法治をかなぐり捨てて国の根幹を崩壊させ」「挫折と怒り」「この政権が犯した非道な行為」「権力を私有化し」「国民を略奪」「欺瞞と偽りの扇動」「腐敗完売」などだ。
文在寅(ムン・ジェイン)政権を嫌う野党支持者は胸のすく思いがしたことだろう。しかし、だからといって大統領になれるわけではない。ユン前総長からは経済・福祉、外交・安保についての価値、路線、政策が見出しにくい。会見でも「超高速情報処理技術」「国際分業体系」などに触れてはいたものの、空虚だった。単なる「公正と常識、自由と法治を否定する勢力を追い出し、自分が大統領になればすべてがうまくいく」というメッセージに要約される。
ユン前総長がいま掲げている旗印は「反政治主義」と「反文在寅」であるはずだ。反政治主義は、韓国の大統領選挙においてはまだ一度も成功していない。1992年のチョン・ジュヨン、2012年のアン・チョルスの失敗例が鮮明だ。2022年3月9日の大統領選挙に文在寅大統領は出馬しない。
ユン前総長は、今からホン・ジュンピョ議員、アン・チョルス国民の党代表、ユ・スンミン前議員らと大韓民国の将来のビジョンをめぐって競争せねばならない。3人は前回の大統領選挙で2、3、4位になっている強者だ。「検察主義者ユン・ソクヨル」、「大統領選挙初心者ユン・ソクヨル」が今、試されている。