原文入力:2012/09/13 15:29(2168字)
←朴槿恵セヌリ党大統領候補が12日午後ソウル、良才洞(ヤンジェドン)のソウル教育文化会館で開かれた院外党協委員長協議会ワークショップに参加して取材陣の質問に答えず行事会場へ向かっている。 ニューシス
父親の名誉回復に執着…変わらなかった歴史認識なぜ?
朴‘ゆがんだ信念’固まって‘人民革命党司法殺人’再評価を主張
党核心・参謀の苦言受け入れず "誰も朴候補の考えを変えられない"
朴槿恵セヌリ党大統領候補は人民革命党事件と関連して11日 「大法院判決は尊重する。 法的にそうなったことは私も認める」と話し、再審結果の法的効力については受け入れる意向をほのめかした。 朴候補の発言が司法体系の不正すなわち、国家運営体制の混線を招いた問題点はある程度直されたものと見られる。 しかし1975年人民革命党再建委関連者に対する‘司法殺人’を反省するという真正性は全くないというのが大方の分析だ。
実際、朴代表はこの日 「(他の証言など)そのような色々な話があるので、そういうことをみな総合する時にそれは歴史的にちょっと判断する部分ではないか」として‘歴史再評価’を繰り返し強調した。 これは結局、自身が執権した後‘また他の解釈’すなわち‘人民革命党再建委死刑執行=合法’を試みようとすることに他ならないとの指摘が出ている。 歴史学者であるチョン・ウヨン博士は自身のツイッターで 「‘歴史の判断に任せよう’という話の本来の意味は 'ニューライトの判断に任せよう’ということ」とし 「そうすれば人民革命党司法殺人は‘避けられない最善の選択’になるだろう」と話した。
5・16と維新に対する認識と態度も同じだ。 朴候補は去る7月、5・16に対して「避けられない最善の選択」(韓国新聞放送編集者協会討論会)だったとして批判を受けるや数日後に 「正常なものではなかった」と一歩後退した。 その後、5・16に対して「私がもしその時指導者だったらどんな選択をしたか考えながら客観的にみるべきではないか」として、繰り返し‘5・16不可避論’を主張した。 朴候補の歴史認識は事実変わったことが一度もない。 5年前のハンナラ党大統領候補競選時は5・16を 「救国の革命」と言い、人民革命党再審に対しては「前回にも法に従ってしたことで、今回も法に従いしたことだが、そうすると法の内の一つが誤ったのではないか。 私に対する政治攻勢だ」と話した。
朴候補の基本的考えが変わらないのは歪曲された信念体系のためという意見が多い。 朴候補をよく知っている与党のある要人は12日 「過去の歴史に対して前向きな態度を見せなければならないとして、5年前にも周辺がたくさん話したが不動の姿勢だった」として「5・16と維新がなかったら共産化されたという思いがとても強い」と話した。 実際、朴候補は政界に出てくる前から 「維新なしでは恐らく共産党の餌食になったかも分らない。 …時代状況と混乱の中で国を奪われ共産党の前に数百万が死んでいったとすればその焦点の定まらないいわゆる民主主義がさらに残虐なことだったと話しても誰が分かるだろうか」(1981年10月28日日記)と書いた。 民主主義は焦点が定まらないもので、維新こそが救国という認識だ。
このような考えは死後に独裁者として批判を受けた父親の名誉回復の試みにつながったと見られる。 朴候補は早くから「非凡な父親の下に生まれ、生前にも逝去された後にも平凡でない関心と苛酷な非難に苦しめられられたので、それを正すことをしなければならなかったため自分自身もまた平坦でない道を歩んでいる」(1989年11月5日日記)として‘名誉回復’を意気込んだ。 朴候補が1990年に父親である朴正熙称賛映画である‘祖国の灯’を作ったのもこのような脈絡からだ。
維新統治の責任を回避しようとする意図という指摘もある。 セヌリ党のある議員は 「人民革命党判決は朴候補がファーストレディを務めた以後である1975年にあった」として「彼女が維新を(独裁と)認めないのは恐らくその時期に自分がファーストレディの役割をしたためだろう」と話した。 人民革命党事件を‘司法殺人’として認める場合、自身に直接責任が帰ってくることがありうると判断しているということだ。
だが、朴候補のこのような認識に対しては党内外から批判が提起されている。 キム・ジョンイン国民幸福特別委員長は「政治指導者として父親を客観化するべきだ」と何回も批判的な見解を明らかにした。 セヌリ党のある核心関係者も「違憲的な権力掌握を覆い隠すために前面に掲げた共産化防止という論理を未だに信奉しながら過去の過ちを反省しないのは古い思考」として「問題は誰も朴候補の考えを変えられないこと」と語った。
キム・ジョンチョル、ソン・ヨンチョル記者 phillkim@hani.co.kr
↑ [EBS知識eチャネル]なくした33年(人民革命党事件)
原文: https://www.hani.co.kr/arti/politics/assembly/551444.html 訳J.S